新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


第5部 仕組まれた戦争



第99話 肉を斬らして、骨を断つ

「シンジ、良く頑張ったわね。ご苦労さま。」 イラクから戻ってきたシンジを、アスカはとびっきりの笑顔で出迎えた。 「ううん。アスカの頼みなんだから、当たり前だよ。」 予想外のアスカの笑顔を見て、シンジは硬い表情がとれて安堵の表情を浮かべた。アスカ に怒られるかもしれないと思っていたため、ほっとしたようだ。それに加えて、自然に笑 顔が浮かんでいた。 アスカはそんなシンジを見て、これまたほっとしていた。ネルフを出る時に色々あったの で、シンジが余計なことで悩んでいるのではと心配していたのだ。だが、今の様子を見る 限りでは心配なさそうだ。でも、少々心配だったのでもう一押しすることにした。 「ねえ、シンジ。ちょっとこっちに来て。」 「う、うん。」 シンジはおどおどしながらも、アスカに付いて行った。もしかしたら、誰も見ていないと ころで怒られるのではと思ったようだ。 「よし、ここならいいわね。」 アスカは、誰からも見られない死角にシンジを連れ込むと、ニヤリと微笑んだ。シンジは、 それを見てビクリとした。 「な、なにをするの。」 声を震わせるシンジに、アスカは落ち着いてと言った。そして… 「頑張ったご褒美よ、シンジ。」 アスカは、そう言うなりシンジの口を自分の唇で塞いだ。 「んんっ!」 シンジは、当然のことながら驚いた。だが、それも束の間。直ぐにアスカを抱きしめて、 アスカの口の中に舌を入れてきた。そうして、二人はしばらくの間、抱き合っていた。 *** アスカは、着替え終わったシンジを連れてアスカルームへと向かった。 「あのさあ、アスカ。全然怒っていないの?」 心配そうに聞くシンジに、アスカはすっとぼけた。 「えっ、何を?シンジが大活躍したから、そんなの忘れちゃったわ。」 アスカとて、シンジのしたことを完全に許した訳ではないし、綺麗さっぱり忘れた訳でも 無い。だが、自分にも落ち度があったのだからと、そう割り切ることにした。 また、この大事な時期にシンジがうじうじ悩むのは良くないし、そんな時は何か良くない ことが自分にも跳ね返って来るという予感があった。自分一人が我慢すれば、何もかも良 い方向に傾くのであれば、そうするしか無い。 シンジが増長する可能性はあるのだが、エヴァに乗って活躍してくれるのであれば、多少 の増長には目をつむる気ではいた。それをシンジにも分かって欲しかったので、言葉に出 してみたのだった。 「えっ、ホント?良かったあっ。」 アスカの気持ちを知ってか知らずか、シンジは心底安心したような顔をした。アスカから キスをしたのに、それでも安心出来なかったとは。シンジはまだ、アスカの思うほどには 成長していないようだ。やはりシンジは、言葉に出さないと全然分からないようだ。そう 思ったアスカは、作り笑いをしながら囁く様に言った。 「これからも活躍しなさいよね。そうすれば、また同じことしてもいいから。」 そう言った途端、シンジは目に見えて微笑んだ。 そんなやりとりをしているうちに、二人はアスカルームへとたどり着いた。 「みんな、お待たせっ!」 アスカは、部屋に入るなり元気に言った。部屋の中には、リツコ、ミサト、リョウジ、カ ヲル、マリアらが待っていた。 「よう、アスカ。何の用だい。大事な話って聞いたが。」 リョウジの問いに、アスカは真剣な顔で答える。 「ええ、そうよ。奴らの息の根を止める可能性のある作戦よ。多少の危険はあるけどね。」 アスカは、全員に作戦の概要を次の様に説明した。 これから1週間後に、ネルフ主催の講演会を開き、そこでアスカが演説する。 だがこれは、敵の暗殺部隊をおびき出す作戦で、アスカを狙った犯人を現行犯で捕まえる。 その犯人に、ゼウスやスコピエとの関係を自白させ、世界に公表する。 その際、ネルフへのテロもゼウスやスコピエが行ったと発表する。 発表と同時に、ゼウスやスコピエに対して攻撃を行い、敵戦力の大部分を奪う。 頃合いを見て停戦し、ネルフに有利な条約を結ぶ。 「とまあ、こんなところね。上手くいけば、ゼウスやスコピエの連中はほぼ壊滅状態にな るわ。」 腰に手をやって、胸を張るアスカだったが、真っ先にシンジが反対した。 「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなの、絶対反対だよ。」 「どうしてよ。このままだとね、数年後には大きな戦争になるわ。それを防ぐためには、 今のうちに奴らをどうにかしなくちゃいけないのよ。」 「でもさ、アスカが危険じゃないか。そんなの、絶対に嫌だよ。」 シンジも必死である。だが、アスカは目を吊り上げて反論した。 「それは大丈夫よ。アタシは、戦車の装甲並の強度を持つ防弾チョッキを着るし、首から 上は分厚い防弾ガラスで守る予定だから。」 「でも、万一のことがあったらどうするの。そんなの嫌だよ。」 シンジは泣きそうな顔になった。アスカは、ここまでは予想の範囲だったので、優しくシ ンジに言った。 「シンジ、心配してくれてありがとう。でもね、さすがのアタシでも、これ以外に有効な 作戦を思いつかないのよ。シンジが何か良い案を考えてくれるなら、もちろんそれに乗る けど。」 急にそんなことを言われても、良い案など思いつくわけもなく、シンジは黙ってしまった。 ところが、今度はリョウジが反対しだした。 「悪いが、アスカ。俺もその作戦には反対だな。万一の場合は、アスカの命が危ない。そ んな作戦には、賛成出来ないな。」 その言葉に、その場の全員が頷く。だが、アスカは首を横に振った。 「アタシだって、こんな作戦は嫌よ。でもね、他に良い方法が思い浮かばないのよ。それ に、このままの状態が続けば、奴らは戦力を盛り返すに違いないわ。そうなったら、もう 打つ手は無いのよ。おそらく奴らは、他にもエヴァを建造しているに違いないわ。それが 完成したら、今度こそおしまいなのよ。」 「でもな、アスカ。シンジ君や渚君がいれば、敵のエヴァに負けるとは思えないんだがな。」 リョウジが反論したが、アスカの決心は変わらない。 「今回は、敵が油断しただけよ。次に攻めて来る時は、シンジと渚を誘拐するなり襲うな りして、敵のパイロットよりも強い者を排除してから攻めて来るに違いないわ。」 「それもそうだが、パイロットを厳重に警護すればいいじゃないか。」 「厳重に警護していても、絶対に穴が生じるわ。エカテリーナとフェイが殺されて、イリ スが誘拐されて、それでも加持さんは万全に警護出来るって言うの?」 アスカの疑問に、リョウジは答えられなかった。そして、その場を沈黙が支配した。それ を破ったのは、ジャッジマンであった。 「よお、みなさん。お揃いで。」 ドアが急に開いたかと思うと、長身のジャッジマンの姿が見えた。 「おや、一体お前が何の用だ。」 リョウジが笑いながら聞くと、アスカは自分が呼んだのだと言った。 「で、ジャッジマンさん。何か分かりましたか。」 アスカが聞くと、ジャッジマンは渋い顔をした。 「ああ、大当たりだ。奴らの暗殺部隊が、既にこちらに向かっている。おそらく数日中に やって来るだろう。ターゲットは、察しの通りアスカだ。」 「なんだって!」 シンジは飛び上がってジャッジマンに掴みかかった。 「ど、どうしてアスカが狙われるですかっ!アスカが何をしたって言うんですかっ!」 アスカが絡むと、見境無くなるシンジであった。ジャッジマンは、シンジに落ち着く様に 言ってから、静かに答えた。 「シンジ、お前のそういう行動が原因だと思う。」 「えっ?」 シンジは唖然とした。ジャッジマンが何を言っているのか理解出来なかったからだ。 「良く考えろ。お前の行動を見ていると、アスカが死んだらお前が腑抜けになることくら い、誰だって想像がつく。お前は、戦いが嫌いだ。戦う時は、アスカのためだけに戦う。 ということは、アスカがいなくなれば、お前は戦わないと誰しも考えるんじゃないかな。」 「そ、そんな…。」 シンジは、後頭部をガーンと思いっきり殴られた様な衝撃を感じた。自分の行動が、アス カを危うくしているなど、思いもしなかったからだ。 「どうやら、アタシの思った以上に状況は悪化しているようね。もう、一刻の猶予も無い わ。敵が万全の状態になる前に、なんとか引きずり出すしかないようね。狙われる時と場 所が分からなければ、打つ手は限られるわ。でも、分かっていれば対処のしようもあるわ。 そういうことだから、この作戦はもう決定事項よ。後は、みんなに協力してもらうしかな いわ。」 アスカの真剣な表情に、反対する者はいなかった。 その後、アスカは作戦の詳細を説明し、各自に役割を割り振った。 リョウジは、ジャッジマンと一緒に会場の設営と警備の手配を行う。 ジャッジマンは、セウスやスコピエに攻め入る算段を考え、手配も行う。 リツコは、ゼウスやスコピエに攻め入るために、エヴァの調整を行う。 ミサトは、世界に公表するための準備を行う。 シンジとカヲルは、ゼウスやスコピエに攻め入るメンバーと打合せを行う。 アスカは、マリアと共にサイバー戦の準備と総合的な調整を行う。 以上のことを決めた後は、各自が精力的に動き始めた。 *** それから数日後、ジャッジマンはシンジを連れて会場の下見を行った。会場は、1万人は 入れる大きさの野球場だった。 「うわあ、広いんですね。」 そう言いながらも、シンジは不安になった。こんなに広いところで狙われたんでは、本当 にアスカを守れるのかと。シンジの心配に気付いたジャッジマンは、シンジの不安を少し でも減らそうとした。 「大丈夫さ、シンジ。守りはほぼ完璧さ。」 ジャッジマンは、演台の顔の辺りを防弾ガラスが覆っていること。アスカの移動経路は、 狙撃可能か所が限られている場所であること。その狙撃可能か所には、レッドアタッカー ズやワイルドウルフの者が配置される予定であること。その他諸々の事情をシンジに説明 した。 「…そうですか。少し安心しました。」 シンジは、ジャッジマンの説明を聞いて、多少なりとも安心したようだった。要は、アス カの身体は戦車の装甲並の強度を誇る防弾チョッキで守り、唯一のウイークポイントであ る頭はネルフ特製の防弾ガラスで守る。手足については無色の防弾シートで守るが、さす がに銃弾が当たった場合は無傷とはいかないようだった。 だが、手足ならば当たっても致命傷にはならないし、各種の解毒剤やワクチン、最新の分 析機器なども用意して、毒や毒ガス、細菌兵器などから守る手筈になっているという。 「だがな、アスカも全くの無傷という訳にはいかないかもしれない。手足に傷が付くこと 位は覚悟しておいてくれ。もちろん、そんなことが無い様に手を尽くすつもりだが、万一 ということもある。」 「ええ、分かりました。ジャッジマンさん、どうかアスカを守ってください。お願いしま す。アスカは、僕の命よりも大事なんです。」 シンジの真剣な表情に、ジャッジマンは全力を尽くすと約束した。 *** そして、ついに講演会の日がやって来た。 既に女優として、ネルフのキャスターとして、絶大な人気を誇るアスカが講演すると聞い て、大勢の人間がチケットを求めた。闇市場では、1枚10万円以上の値が付いたと言わ れている。 「さあて、そろそろ行くわよ。」 前座のショーがもうすぐ終わる頃になると、アスカは最終チェックを行うことにした。携 帯端末片手に、次々と連絡を取る。 「ああ、加持さん。準備はいいわね。」 「ジャッジマンさん、頼むわね。」 「いいわね、渚。手筈どおりにしてね。」 「リツコにマリア、よろしくね。」 「いい、ミサト。精一杯化粧して、見栄えを良くしてね。」 アスカは一通り確認を取ると、控室から出た。その後を、シンジが歩く。 「ねえ、アスカ。大丈夫だよね。」 心配そうにするシンジに、アスカは胸を張って答えた。 「大丈夫よ、シンジ。エカテリーナとフェイを殺した奴らに、目に物見せてやるわ。」 こうして、アスカの命をエサにした作戦が始まろうとしていた。おそらく、今回の作戦で アスカは無傷とはいかないだろう。少なからずアスカの肉体に傷が付くに違いない。まさ に、肉を切らして骨を断つ、そういう作戦だった。 (第99.5話へ)

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき  アスカの命を賭けた作戦が始まります。 2005.5.6  written by red-x



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