新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


第99.5話 シンジ、涙が涸れた後

「あれっ。一体ここはどこなの?」 シンジは、薄暗い部屋の中で目覚めた。なんだか、頭がぼーっとする。 「あれっ、一体どうしたのかなあ。」 シンジは、なんでこんなところにいるのか懸命に思い出そうとしたのだが、どうしても思 い出せない。そして、何かが足りない様な気がする。 「そ、そうだ。アスカはどこなんだろう。」 シンジは、ようやくアスカがいないことに気がついた。いつもは、朝起きると必ずアスカ の可愛い寝顔を見て、気付かれない様にキスをしたり胸を揉んだり、さらにエッチなこと をしたりもしていたのだが、それが出来ないから物足りないのだ。 半年前のシンジの誕生日以来、アスカがエッチなことに寛容になってきていることもあり、 シンジは隙あらばアスカにエッチなことをしていたのだ。時には、アスカにばれたら半殺 しにされかねないようなこともしている。 だから、普段のシンジは目覚めると同時にスリル満点で緊張感溢れる行為を行うことから、 集中力は半端ではないのだが、それもアスカがいてこそである。アスカがいないとなれば、 普段の反動が出て、逆にだらけしまうのだ。 シンジは、しばらくぼーっとしていたが、薄闇に目が慣れると辺りを見渡してみた。する と、なんとなく見慣れた感じがした。 「なんだ、ここはいつもの病室じゃないか。」 どうやらここは、なにかとお世話になることが多かった病院の、いつもの病室のようだっ た。場所が分かると、シンジは少しほっとした。 「でも、なんでまた入院なんてしたんだろう。」 シンジは、訳がわからなかった。特に身体に異常は無いようだし、普通に寝かされている ことからも、病気や怪我ではないだろうと想像がついた。ただ、何故かさっきから何かが 変だった。いつもとは、身体の調子が違う感じがしていた。 「まあ、いいや。テレビでも見よう。」 シンジは、なんで自分がそんな行動をとるのか分からなかった。看護婦を呼ぶなり、アス カやミサトに電話をすれば済むことなのに、何故だかそんなことをする気が起きなかった のだ。 シンジはテレビをつけると、適当なチャンネルを回した。すると、画面に白いテロップが 流れた。 「ん、なんだろう。」 不思議なことに、シンジは最初はそのテロップの内容がよく見えなかった。2回目のテロ ップが流れた時に目をこらして見て、初めて何が起きたのか思い出した。 『ネルフのキャスターで女優の惣流アスカさん、未だに意識不明の重態とネルフが発表…。』 そう。アスカは、シンジの目の前で狙撃されたのだった。 「ア、アスカ…。」 全てを思い出したシンジは、ショックのあまり卒倒してしまった。 *** さて、マケドニアの首都、スコピエ近辺のゼウス秘密基地の中では、4人の男が祝杯をあ げていた。いずれも秘密組織『ゼウス』の最高幹部である。事実上の降格処分を受けたラ ンブロが、計画の成功を見届けると同時に新たな任地へと向かっていたため、今は4人だ けであった。 「これで、あのソウリュウアスカもおしまいだな。」 新たにリーダー格となったクレイトスは、満足そうに頷いた。さきほどから、世界各国の ニュースはアスカ狙撃事件一色だった。一般のテレビではそうもいかないが、衛星放送な どでは、アスカが狙撃される瞬間の映像も流れていたため、クレイトス達はその映像を何 度も繰り返してスローモーションで見ていた。 ほぼ同時に4発の弾丸がアスカの胸辺りに吸い込まれ、同時に血が勢い良く吹き出す。 次の瞬間、美しく整ったアスカの表情が、苦悶の表情へと変わって醜く歪む。 アスカの身体が僅かに浮き上がってくの字となり、背中から4発の弾丸が飛び出す。 アスカの身体が後ろに倒れていき、倒れた後は細かく身体を痙攣させる。 シンジが泣きながら駆け寄って行き、アスカが何かを喋った後に血を吐き出す。 狂った様に泣き叫ぶシンジの横で、アスカの目が静かに閉じていく。 担架に乗せられていくアスカを止めようとして、シンジが暴れる。 シンジに鎮静剤らしきものが打たれ、シンジの身体がゆっくりと崩れ落ちる。 ゼウスの幹部達は、その映像を繰り返し見ていた。 「あはははっ、イカリシンジも案外情けない男だな。女が一人死んだくらいで、あれほど 取り乱すとはな。」 「本当だ。だが、愛する女が目の前で死んだのだ。やむを得ないのではないか。それほど あの女を愛していたということなのだろう。」 「確かにな。だがそうなると、あの様子では当分はエヴァンゲリオンに乗って戦うどころ ではあるまい。元々、ソウリュウアスカに無理やり乗せられていたというしな。」 「これで我らも時が稼げる。見てろよ、ネルフめ。後半年もすれば、残りのエヴァンゲリ オンも完成する。そうなれば我らが天下だ。」 「ネルフも、打つ手が無いとみえる。どう見ても即死だろうに、未だに生きているかのよ うに見せかけるとはな。それに、今回は我々とは殆ど接点のない者を使ったのだ。我々や スコピエとの関係を示すものなど、何も無いだろう。」 「念のために、イラクの元大統領一派の名で犯行声明も出したしな。これでネルフも、我 々がやったなどとは言えないだろう。」 「ふっ。真相は藪の中か。」 ゼウスの幹部達は、その後大笑いした。だが、クレイトスは苦笑した。 「ふん、計画が成功したのは紙一重だったではないか。ランブロがネルフの偽情報に気付 かなければ、今頃は計画が失敗していただろうし、二度と刺客を送り込めなくなっていた ところだ。」 「確かにそうだったな。奴らの情報が漏れて、ソウリュウアスカが着用する防弾チョッキ のデータが手に入ったんだったな。だが、土壇場でおかしいと気付いて、銃弾の威力を倍 にしたんだっけな。戦車の装甲をも撃ち抜くほどの威力にしたと聞いて、さすがにそこま ではする必要はないと反対したが、あれは俺の誤りだったな。」 そう。結局ランブロの強硬な主張が通り、特殊な弾丸が使われることになったのだ。その ため、銃の強度を増して大きなものを使ったため、銃の持ち込み自体が困難になって、危 うく計画が破綻しそうだったのだ。そのため、他の幹部の多くは大反対したのだ。だが、 結果は大成功。誰もがランブロの慧眼に驚いた。 「まあ、いいだろう。今日は、心ゆくまで勝利の美酒を飲もうではないか。」 クレイトスの言葉に、幹部連中は大笑いしながら酒を飲んだ。 *** 「ううっ、アスカ〜っ。」 シンジは再び目覚めると、ただただ泣き続けた。しばらくしてトウジやケンスケが訪れた が、アスカのことを聞いても詳しいことは聞かされていないと言われ、それきり聞くのを やめた。 最初の1日は、悲しくて悲しくて、ただひたすらに泣き続けた。 2日目は、アスカを助けられなかった自分をひたすら責めて泣き続けた。 3日目は、アスカの元気な姿を思い出しては泣き続けた。 そうして、シンジは文字通り3日3晩泣き続けたのだった。 4日目に、意外な客がやって来た。サーシャとミンメイである。 「ねえ、碇君。お願いがあるんだけど。」 「なに…。」 サーシャの頼みに、シンジは心ここにあらずといった感じで応じた。だが、サーシャは少 しも怒らずに、どちらかというと申し訳なさそうに話を切り出した。 「こんな時に言うのはどうかしているっていうのは分かっているんだけど、それでもお願 いしたいの。碇君、お願い。エカテリーナとフェイの敵を討って。」 「アスカは、必ず敵を討つって言っていたの。でも、アスカがああなった以上、頼めるの は碇君しかいないのよ。だから、お願い。」 そう言って、二人は頭を下げた。だが、シンジは二人の頼みに応えられなかった。 「あはははっ、ごめんよ。情けないけど、アスカの元気な姿を見ないと力が出ないんだ。 敵討ちどころか、身体を満足に動かすことさえ出来やしないんだ。僕にとって、アスカは 本当に元気の素だったんだ。そのアスカがいないんじゃ、何もする気が起きないんだよ。 だから、ごめん…。」 シンジが切ない表情で謝ったため、二人はそれ以上は強く頼まなかった。だが、次にサー シャがアスカのことを聞いてきた。 「ねえ、碇君。アスカは意識不明の重態だって発表されているけど、それは本当なの?」 「えっ…。」 シンジの表情が強張った。アスカのことは、知りたくても聞けなかった。だから、ミサト やリョウジには聞けなかった。でも、シンジはアスカの死を確信していた。 「マヤさんに聞いても、何も教えてくれないのよ。知っていそうな人は、みんな同じこと を言うの。でもね、雰囲気で分かるの。みんな、何か嘘をついているって。ねえ、碇君な ら知っているんでしょ。ねえ、教えてよ。」 ミンメイがそう言った後、長い沈黙が続いた。だが、サーシャとミンメイはじっと待った。 すると、シンジはゆっくりと話し始めた。 「僕は、あの時アスカの側にいたんだ。だから、分かる…。アスカは、アスカは、僕の前 で事切れたんだ。だから、あの発表は嘘だと思う。アスカは、アスカは、一杯血を流して、 ごぼって血を吐いて、最期に僕に、僕に…」 最後は、シンジは嗚咽をもらして、言葉にならなかった。 「分かったわ。でもね、その気になったら私達に連絡してちょうだい。じつはね、アスカ に万一のことがあった場合に、碇君に渡してって頼まれたものがあるの。」 「えっ…。」 涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げたシンジに、サーシャが手紙を差し出した。だが、シ ンジはそれを受け取らなかった。 「ごめん。悪いけど、手紙を開けて読んでくれないかな。」 今のシンジは、手紙を開けて読む気力すら残っていなかったのだ。サーシャは頷くと手紙 を開けて、中身を読み始めた。 「えっと、そのまま読むわね。 『親愛なるシンジへ。 この手紙を読んでいるということは、アタシに万一のことが起きたっていうことよね。 まずは、ごめんなさい。アンタとの約束を破ることになったわね。 でもね、本当に守る気だったのよ。それだけは信じて欲しいわ。 次は、命令よ。アンタ、絶対に生き延びなさい。死んだら承知しないわよ。 女々しいアンタのことだから、アタシがいないと生きていけないなんて言いかねないわ。 でもね、それは許さないわ。アンタには、大事な使命があるのよ。 アンタは生きて、アタシという天才美少女がいたっていう事実を後世に伝える義務があるのよ。 今度は、お願いよ。アタシの敵討ちをして。ゼウスの奴らを捕まえて、裁判にかけるのよ。 でも、奴らを殺すなんて駄目よ。もっとも、アンタには出来ないでしょうけど。 アタシに万一のことがあった場合の段取りは整っているわ。サーシャやマリアに聞いて。 それから、加持さんにも協力を要請してね。でも、ミサトは駄目よ。お腹の子に障るから。 それから、万一アンタがアタシにもう一度会いたいと思うなら、方法は無くもないわ。 アタシのクローンを造って、アタシの記憶のバックアップをインストールする方法があるわ。 アタシとアンタの子供を、誰かに産んでもらう方法もあるわ。とりあえず、ユキはOKよ。 但し、クローンを造るのはお勧め出来ないけど、アンタが望むなら止めないわ。 手紙には書けないけど、他にも色々と可能性はあるわ。だから、ちったあ元気出しなさいよ。 でもね、全てはゼウスの奴らを倒さないと始まらないのよ。だから、全力で倒しなさいよ。 アンタなら必ず出来るって、アタシは信じているわ。だから期待を裏切らないで。 もし裏切ったら、例え生まれ変わって再び出会ったとしても、アンタを無視してやる。 それが嫌なら、アタシの言う通りにしなさいよ。そうしないと、絶対に許さないから。 じゃあ、約束よシンジ。必ず守ってね。 アスカより、愛と期待を込めて。』 ふうっ、これで全てよ。どう、碇君。私達に協力してくれないかしら。」 サーシャの問いかけに、シンジはなかなか応えなかった。だが、10分ほど経った頃に、 ようやくポツリと言った。 「うん、分かった。考えておくよ。でもね、今はそっとしておいて欲しいんだ。だから、 お願い。僕をしばらく一人にして。」 シンジの答えに満足した二人は、頷いて静かに部屋を出た。二人が部屋から離れていった 頃合いをみて、シンジは独り呟いた。 「あはははっ、アスカは僕のことはお見通しか。それに、死んでも勝手な事を言うよなあ、 アスカは。でも、それもアスカらしいや。」 シンジは、サーシャが置いていった手紙を見た。確かにアスカの字だ。内容からしても、 間違いなくアスカが書いたものだろうことは、シンジにも分かった。 「でもね、アスカは一つだけ見落としたよ。アスカは、僕がどんなにアスカを好きなのか、 分かっていないんだよ。クローン?アスカの紛い者なんて、絶対に嫌だよ。子供だって、 アスカの替わりにはならないんだよ。でもね、思い出したよ。アスカが死ぬ前になんて言 ったのか。確か『アタシの敵を討って。』そう言ってたよね。アスカの最後の願い、承知 したよ。僕も男だ、大好きな女の子の最後の願い、かなえてあげるよ。でもね、僕なりの 方法でやらせてもらうよ。」 シンジはそう言うと、顔を歪めていった。もう、シンジの目からは涙が流れていなかった。 「敵討ちか…。悲しくて、苦しくて、切なくて、忘れていたよ。そうだね、僕からアスカ を奪った連中は、のうのうと生きているんだね。そんなの、絶対に許せないよ。」 シンジの心の中で、ドス黒い怒りが沸き上がってきた。それは、急速にシンジの心を支配 していく。 「そうだ、アスカ。僕はねえ、やっと思い出したんだよ。サードインパクトの後、僕は特 別な力を得たんだよ。でもね、僕は恐ろしくなって、カヲル君に頼んでその力を封印した んだ。そんな力を持ったことも忘れるように頼んだんだ。でもね、それは間違いだった。 その力があれば、僕はアスカを救えたのに。僕は、なんて大バカ野郎なんだろう。せめて、 アスカに力を渡すとか、アスカがピンチの時には力が使える様にしておけば良かったんだ。 それなのに、僕は…。僕は…。なんてバカだったんだろう。アスカが死んでから、そんな ことを思い出すなんて。」 シンジは、ゆっくりとベッドから立ち上がった。そして、強く拳を握りしめた。 「ちくしょうっ!!!」 シンジがベッドを叩くと、ベッドは真っ二つに割れた。 「ちくしょう、ゼウスの奴ら。僕は、絶対にお前達を許さない。 よくも、よくも、僕のアスカを…。 許せない、絶対に許せないよ…。 僕は、必ずアスカの敵を討つ。 例え世界中を敵に回しても、 この身が地獄に落ちようとも、 ゼウスの奴らは、 皆殺しにしてやるっ!」 シンジは、ゼウスへの復讐を決意した。そして、生まれて初めて人を殺したいと思った。 シンジの心の中は、凄まじい怒りと憎しみで満たされていた。 <休戦協定前> <休戦協定後> (第100話へ)

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき  次回、シンジはマケドニアの首都、スコピエに乗り込んで行きます。果たして、復讐の 果てに何があるのでしょうか。 2005.5.11 written by red-x



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