新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


第38話 猛特訓(前編)

 アスカとシンジの婚約解消が発表されてしばらくの間は,アスカはラブレター攻勢と男 どものアタックに悩まされていたが,1週間も経つとさすがに鎮静化してきた。 最初のうちは二人の様子をこわごわと見ていたクラスメート達も,アスカとシンジの様子 が険悪なムードからはほど遠かったこともあり,気にしなくなっていった。注意深く見れ ば,アスカが全くと言っていいほどシンジと会話をせず,視線も交わさなくなったことや 時折トウジがアスカのことを睨んでいることが分かったはずだが,気付く者は少なかった。 最初のうちは,ヒカリがアスカやシンジに何度も問い詰めてみたが,二人とも『ノーコメ ント』と繰り返すばかりだったので,さすがに諦めた。アスカは,4月にならないと状況 は変わらないとヒカリに伝えたので,ヒカリは何か話せない事情があることを察したこと も理由の一つだ。 ただ,お昼のお弁当の時間は,アスカは転校生達と過ごすようになってしまった。そのた め,いつものメンバーからアスカが抜けて,何故かその代わりにマリアが入っていた。 こうして,学校生活は,表面上は何事も無く過ぎていった。 *** 「何やってんのよっ!アンタ,真面目にやる気あんの!」 「遅いっ!もっと早くっ!」 「そうじゃないでしょっ!何考えてんのよっ!」 ネルフにおいては,シンジは毎日のように,アスカの怒声を浴びていた。 学校が終わり,ネルフに着くと,エヴァのパイロット達には過酷な訓練が待ち受けていた。 体力を付ける訓練,格闘技の訓練,エヴァの戦闘シミュレーション,ハーモニクステスト など,盛り沢山のメニューである。 訓練のメニューはアスカが作成し,その進行管理の責任者もアスカである。ここでは,シ ンジがアスカに目の仇のように怒鳴られまくっていた。 シンジは,ネルフに入ってからの訓練で,普通の中学生よりは体力が付いているが,本格 的な軍事訓練を受けてきた他のパイロット候補生と比べると,かなり見劣りしていた。も ちろん,トウジですら,パイロット候補生で最も体力の劣ると見られていたアールコート に負けていたので,トウジよりもさらに体力の劣るシンジにとっては,皆の訓練に付いて いくのがやっと,いや,それすらも苦しかった。 特にアスカは3人組での訓練を多用したため,シンジが他の二人の足を引っ張ることも多 く,その度にアスカの雷が落ちるのだった。トウジが何度か文句を言ったが,アスカが全 く聞き入れなかったので,アスカとトウジの仲は次第に険悪なムードになっていった。 トウジは何度かシンジに『惣流に文句言ったれ。』と言ったが,シンジは力なく笑うばか りであったし,カヲルにしても『僕の口出しするようなことではないよ。』と取り合って もらえなかったので,イライラだけが募っていった。 特に実戦に則した戦闘シミュレーションで失敗した者に対しては,アスカは容赦なく雷を 落した。しかも罰則付きである。ここでも最も雷を落されるのはシンジであった。もっと も,シンジの隊の誰かがミスをすれば,本人と隊長が怒られ,他の隊の者がミスした時も, シンジのサポートが適切で無い場合はシンジに雷が落ちていたのだから,無理からぬこと であった。 しかも,隊が全滅するような場合には,鉄拳制裁が待っていた。無論,制裁を受けるのは, 隊長であるシンジ一人である。他のパイロット達は,殴られて吹っ飛んでいくシンジを見 て,心の中で謝るしかなかった。何故なら,最初の鉄拳制裁を受けた時に,トウジが抗議 したのだが,それを理由にシンジがさらに殴られたからだ。 アスカが,『碇を殴って欲しければ,いつでも文句を言ってもいいわよ。』と言い放った ため,トウジ達は我慢するしかなかったのである。そう,アスカはシンジの名前を呼ぶこ とすら止めていたのである。 「くそうっ。これじゃあ,シンジが可哀相や。何でこんなことになったんや。」 トウジは唇を噛みしめた。 ***  時は1週間ほど遡って,カヲルの引っ越しと歓迎会が終わった翌日,アスカ,シンジ, トウジ,カヲル,そして転校生達が司令室に呼び出された。そこには,碇司令と冬月副司 令が待ち構えていた。 そして,冬月はその場にいる全員にエヴァに乗って欲しいと頭を下げた。続けて冬月は, ゼーレがネルフへの再侵攻を企てていること,その戦力が予想を遥かに超えて強大である こと,迎え撃つ戦力に乏しいこと,勝つためにはエヴァ全機の稼働が不可欠であることを 丁寧に説明した。 それを聞いて,その場の全員が理解した。転校生達にエヴァに乗れと言っているのだ。急 な話に転校生達は顔を見合わせたが,もともと彼らはエヴァのパイロット候補生だったこ ともあり,異を唱える者はいなかった。 続けて,冬月はアスカをエヴァ軍団の指揮官に任命した。実はアスカの階級は,表向きは アスカが予備役になった後,一曹に降格となっていたのだが,冬月は階級とは関係なくア スカの指揮に従うようにと厳命した。そして,アスカは冬月の横に歩み出ると皆の方を向 いてこう言った。 「皆さん,ゼーレの戦力は予想を遥かに超えて強大です。ですから,勝敗は我々の働き如 何に関わっています。ですから,アタシはこれから皆さんをビシビシしごきます。泣き言 も許しません。それは覚悟してください。」 それを聞いた皆の間に僅かに緊張感が漂った。 「それから,アタシは実力主義でいきます。それ以外の要素は全て排除します。そうしな ければ,決して勝てないのです。」 そう言いながら,アスカは皆の顔をゆっくりと眺めた。 「この中には,アタシと個人的に仲が良い人もいますが,ゼーレとの戦いが終わるまでは, そのことは全て忘れてください。アタシはこれから皆さんを平等に扱います。えこひいき は一切しません。その証しとして,アタシは碇二尉との婚約を解消します。」 「え〜っ!」 「そ,そんなあっ!」 「嘘でしょっ!」 皆の間から驚きの声があがった。 「嘘ではありません。それに,碇二尉には家を出てもらいます。ですから,アタシと碇二 尉は全くの赤の他人,そう思ってください。ですから,誰かが碇二尉にアタックしても, アタシは文句は言えませんし,言いません。なお,パイロット間の恋愛は,自由ですが, 訓練や実戦に影響が出ない範囲にしてください。ただし,アタシに対して恋愛感情を示す ことは,一切禁じます。以上です。」 皆は呆然とした。そして,おそるおそるシンジの方を見たが,シンジの表情は特に変わっ たところは無かった。注意深く見れば,シンジの拳が強く握りしめられていることに気付 いたことだろうが,慌てていた皆は,そのことに気付くことはなかった。 騒ぎが収まった頃合いを見計らって,アスカは続けた。 「訓練は,早速今日から始めます。基礎体力向上訓練,格闘技訓練,ハーモニクステスト, 戦闘シミュレーション,以上4つが主な内容です。それから,暫定的な隊編成をします。 碇,マックス,ミリアの3名が第1隊,鈴原,アリオス,アールコートの3名が第2隊, 渚,キャシー,マリアの3名が第3隊とします。各隊の隊長は,暫定的に碇,鈴原,渚と します。3隊の隊長,分隊長はこれも暫定的な措置として,碇とします。以上,何か質問 はありますか?」 アスカは周りを見渡した。特に質問は無いようだ。というより,唖然としていると言った 方が良いだろう。 なお,この編成になった理由の一つに,各隊に必ずアスカとつながりが深い人物を入れる というものがあった。3人ともアスカとのつながりが浅い場合,その隊の者達が,自分は 切り捨てられるかもしれないという恐れを抱く可能性があるからだ。トウジはアスカの親 友の恋人,マリアはドイツ時代からの友人ということで,アスカとのつながりは深い。 また,マックスはシンジのガード役であることからシンジと同じ隊に,アリオスはトウジ のガード役であることから,トウジと同じ隊に。同じ支部出身のマックスとミリア,アリ オスとアールコートを同じ隊にした。 こうして,実力とは無関係に隊を組まざるを得ないところにアスカの苦悩があった。だが アスカはそんな苦悩を頭の片隅に追いやって,皆に指示を与えた。 「では,15分後に第2格技場に集合し,そこにいる教官の指示に従って訓練してくださ い。以上です。」 アスカは皆に敬礼し,ゲンドウらとともに退出して行った。 *** 「待たせたな。」 会議室に入るなり,ゲンドウは声を発した。そして,長いテーブルの端にゆっくりと座っ た。冬月とアスカも続いて座った。 今この場には,加持,ミサト,リツコ,マコト,ケンスケが待っていた。これから対ゼー レ戦略を練る会議を始めるのだ。口火を切るのはアスカだ。 「では,これからゼーレの動きを説明します。アメリカ,ヨーロッパの各国の国連部隊の 一部が,巧妙に隠されてはいますが,動きをみせています。いずれも目的地はこの第3新 東京市だと思われます。」 アスカは,ホワイトボードに予想される戦力を書いていった。 「原子力潜水艦が10艦,通常型潜水艦が30艦,空母が10隻,各種艦艇が100隻, 以上が現状で予想される敵の海上,海中兵力です。また,予想される敵の航空兵力は,戦 闘機500機以上,爆撃機50機以上になります。なお,これらの情報は,相田一曹が持 つ,軍事マニア独自の情報網によるものであることを付け加えさせていただきます。」 アスカはそこまで言うと,加持に合図をした。すると,加持はゆっくりと口を開いた。 「今,我々の手で確認を行っているところです。正直言って,我々が入手していた情報よ りも,遥かに敵戦力は大きいです。ケンスケ君の情報が無かったら,我々は敵戦力を半分 以下に見積もっていたでしょう。危ないところでした。」 そう,敵の戦力を小さく見積もると,手痛い目に遭うのだ。この点で,ケンスケの貢献度 は非常に高い。専門の諜報機関でも気付かないような動きでも,軍事マニアは掴んでいた のだ。 「次に作戦部の所見を述べます。」 次はマコトだ。 「おそらく,敵は総力戦で来るでしょう。これだけの戦力だと,小細工は必要無いからで す。四方八方からミサイルを大量に打ち込み,我々の戦力を無力化したうえで,戦闘機や 爆撃機でトドメを刺すという戦法が最も確率が高いと思われます。その場合,我々の防御 手段は乏しく,太刀打ち出来ません。頼りは,エヴァのATフィールドだけです。」 それを聞いた冬月は,頭を抱えた。 「何とかならんのかね。いくらエヴァでも万能ではない。戦闘機で足止めを食らっている 間に本部を落される可能性も高いぞ。それに,ATフィールドも長時間展開できまい。時 間差攻撃をされた場合,パイロットの体も持たないだろう。赤木君,技術部の方では,何 か良い方法は無いのかね。」 「時間が無いので,対抗策はあまりありません。ポジトロンライフルを改良し,発射回数 や発射間隔を改善するのがやっとです。」 「すると,頼りはエヴァ軍団ということか。アスカ君,彼らは使えそうかね。」 「今は何とも言えません。ですが,使徒と異なり目標数が多く,機動性が高いので,今は 対応出来る者はいません。現状では,エヴァの効率的な使い方は,ATフィールドで防御 のみを行うことでしょう。ですが,例えばミサイルを1分間隔で何時間も連続して撃ち込 まれたら,防ぐことは不可能です。」 「そうか…。敵にしてやられる訳か。だが,敵の陸上兵力を少しでも削れたことは,幸い だったと言えるのかな。」 「ええ,ですが今回の敵陸戦兵力は,10万人から最大数十万人と推定されます。これを傭 兵部隊だけで防ぎきるのは不可能です。エヴァの支援があっても危ないかと…。」 加持は声を落して言った。このため,冬月は落胆の色を隠せなかった。 「戦略的には,我々の完敗だな。それを戦術でひっくり返すしか無い訳か。だが,その戦 術も圧倒的に不利という訳か。」 「副司令,戦略の敗北は,戦術の勝利ではひっくり返せないのが軍事の常識です。戦略的 に劣勢を跳ね返す方法を考えませんと。」 ケンスケは申し訳なさそうに言う。その場の皆も肩を落した。だが,それを見たアスカは 笑い出した。 「軍事の常識は,エヴァには通用しないわよ。使徒との戦いがそうだったでしょう。使徒 との戦いは,戦略で勝利したとしても,戦術の失敗でひっくり返るのよ。エヴァを常識の 物差しで図るのは間違いね。」 「うむ,アスカ君の言う通りかもしれん。だが,このままではどう考えても勝ち目が見え ないのも事実だ。戦術的に見ても,相手の方が圧倒的に有利ではないか。」 「現時点ではそうです。ですが,相手と同じ土俵で考えるからいけないのです。もっと違 った視点から見ないと。おそらく,これらの大量の兵力の動員は,本当の目的を隠すため と考えられます。そう,例えば中性子爆弾の使用とか,細菌兵器の使用などが想定されま す。」 「何っ,まさかっ。」 「相手を常識で判断してはいけません。必ず裏があります。おそらく,ゼーレは二重,三 重の罠を用意しているものと思われます。目先の敵だけを見るのではなく,敵の真の狙い を突き止めないといけません。」 「だが,どうやって突き止めるのだ。」 「そのための諜報部であり,そのためのネルフ支部でしょう。なりふり構わず組織を活用 して,敵の情報を掴むようにしてください。全てはそれからです。」 「ははっ。アスカは手厳しいな。」 加持は渋い顔をした。 こうして会議は続き,最終的にアスカの意見が採用された。 ゲンドウはネルフ各支部に協力を要請し,諜報部と共に敵の情報を可能な限り集める。 ケンスケも引き続き軍事マニアのネットワークを通してゼーレの動きを探る。 技術部はエヴァの武器を改良する。 作戦部は兵器の購入と整備を進める。 アスカはエヴァ部隊の指揮官としてパイロットを養成する。 かくして会議は終了した。 *** (ちょっとシンジには酷だったかしら。) 会議の最中に,アスカは考え事をしていた。シンジのことである。今回の婚約解消は,シ ンジに対して急に言い渡す形になったのだが,それもそのはず。ケンスケからの情報が得 られるまでは,これほどの大兵力で攻めて来るとは予想していなかったのだ。 そのため,エヴァを全機稼働する必要が生じたが,それに伴って指揮官の問題も生じたの だ。敵が使徒であればミサトが指揮をすれば良いが,敵が軍隊ではミサトはエヴァだけの 指揮は出来ない。そうなるとエヴァの指揮をする者が必要になる。 そうなると,現時点では適任者はアスカしかいない。指揮官経験者であるハウレーンは怪 我をしているし,マリアは後方支援要員で適任とは言い難かった。他の転校生もネルフと は違う組織に属しているため,指揮官としては適任ではないのだ。 アスカはMAGIの操作に専念したかったのだが,こうした事情で叶わぬものとなった。 それに加えて,アスカの経験上シンジとの関係が指揮官としてマイナスとなることが明ら かであったため,婚約解消を即決したのだ。 短期間でパイロット達をモノにしなければならないうえ,エヴァは精神状態が戦闘にかな り強く影響する。少しでもパイロットのマイナスになることは避けたかったのと,シンジ だったら分かってくれるかもしれないという期待があったからだ。 (でも,シンジは大丈夫かしら。うん,きっとアタシのことを信じてくれるわよね。以前 のシンジとは違うもの。) アスカは祈るような気持ちで居た。 (第38.5話へ)

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき  今回は,ちょっと可哀相なシンジでした。当面は,ネルフでシンジはアスカに怒鳴られ て,落ち込む生活を続けるのでしょうか。 2002.5.19  written by red-x



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