新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


第39話 猛特訓(後編)

「惣流,ちょっと聞いていいかな。」 対ゼーレ戦略を練る会議の後,ケンスケがアスカに声をかけてきた。 「うん,何よ。」 「正直言って,あれだけの大兵力を相手に戦うのは,絶望的だと思う。さらに,あれ以外 の兵力が隠されているかもしれないとなると,こちらが勝つのは奇跡を待つしかないと思 うんだ。惣流は何か良い手があるのか,それとも軍事のことをあまり知らないのか,どち らなのか知りたいと思ってね。」 「あのねえ,アタシはアンタよりも兵器に関しては詳しいのよ。使徒は空から来るのか, 海から来るのか,分からなかったから,兵器に関してはみっちり頭に叩き込まれたわよ。 だって,エヴァと連携して戦う可能性が高いじゃない。パイロットにしてみれば,命に関 わるから,自分なりにも一所懸命覚えたわよ。」 アスカはちょっとムッとした。アスカからすれば,趣味で覚えた知識と,命懸けで覚えた 知識を比べられる事自体が不愉快なことなのだが,さすがにそこまではケンスケには言え ない。 だが,実際のアスカは,ネルフで学んだ知識に加えて,傭兵の時に頭に叩き込まざるを得 なかった知識,それに空母オーバー・ザ・レインボーで直接兵器に触れて得た知識があり, 現実問題,ケンスケとは比較にならないほどの知識があったのだ。 「じゃあ,何か良い手があると考えていいんだね。」 「ご想像にお任せするわ。」 そう言ってアスカは去って行った。 「う〜ん,良い手があるのか,シンジのためなのか,今の様子だと分からないなあ。」 ケンスケは首を捻った。 *** 「よろしくお願いしますっ!」 アスカ達がゼーレ対策の会議を開いていた時,シンジ達パイロット達は,時間通りに集合 し,教官達にあいさつをしていた。すると教官の中から,体格の良い白人が前に進み出た。 「俺の名はジャッジマンだ。今日からお前達の教官をすることになった。俺のことを知っ ている者もいると思うが,忘れてくれ。今から俺は鬼になる。以前の優しい俺のことは, 綺麗さっぱり忘れて欲しい。」 そのあいさつを聞いて,真っ青になった者が4人ほどいた。ジャッジマンの部下達である。 『もっと厳しくなるなんて…。』と目の前が真っ暗になったのである。 続けて,髪の毛を青く染めた凛々しい美女が前に進み出た。 「私のことは,ブルーと呼んでくれ。ドイツの傭兵部隊に所属している。私も厳しく鍛え るつもりだから,覚悟してほしい。」 こうして,転校生達はキャシーを除いて,逃げ場を無くしたのだ。そんな彼らに向かって, 続けてジャッジマンが声をあげた。 「マックス,ミリア,アリオス,アールコートはこっちに来い。碇,鈴原,渚,キャシー, マリアはブルーの指示に従ってくれ。」 こうして,訓練は開始された。 シンジ達は,最初はランニングをやらされた。と言っても,かなりのハイペースだったた め,10分もすると息切れをし始めた。 「こらっ!しっかりしろっ!」 ちょっとでもペースを落すと,容赦なくブルーの雷が落ちた。特にシンジは体力面で一番 劣っていたため,怒鳴られっぱなしだった。 ランニングの次は筋トレである。トウジとマリア,カヲルとキャシーが組み,シンジはブ ルーと組まされた。 シンジは,この時始めてブルーのことを良く見ることになった。シンジは,ブルーがラブ リーエンジェルの隊長だったことを思い出して,少し怖いなと感じていた。だが,そんな ことを思っていたため,ブルーに怒鳴られた。 「なに,ボーッとしているんだ!さっさと始めるぞ!」 シンジは,ブルーを背中の上に乗せたまま腕立て伏せをやらされ,あえなくダウンした。 腹筋も50回が限界だった。背筋も30回も続かなかった。 「お前は,根本的に鍛え直す必要があるな。覚悟してもらおう。」 ブルーに睨まれ,真っ青になるシンジだった。 後で聞いた話では,マックス達は教官を肩車して走らされ,筋トレも大きな負荷を与えら れながらやっていた。 とてもじゃないけど追いつけないと思い,シンジは泣き出したくなる衝動に襲われた。 格闘技の訓練は,いきなり実戦形式だった。シンジとトウジは,二人一組で一人の教官と 戦い,見事なまでに簡単に叩きのめされた。他の3人が教官と互角とまではいかないが, 対等に近く渡り合っているのと対照的だった。 「おい,今度はマリアとやってみろ。」 その言葉に,シンジとトウジは最初はためらいを感じたが,実際に戦ってみると全く相手 にならなかった。無論,マリアの方が段違いに強かったのだ。正に赤子の手を捻るが如く 完膚なまでに叩きのめされたのだ。 マリアの強さに,シンジもトウジも顔を見合わせて驚いたが,次の瞬間もっと驚いた。 「マリアっ!手を抜きすぎだっ!真面目にやれっ!」 あまりのレベルの違いに,二人は呆然とした。 *** 「ふ〜っ。腹が減ったわい。」 トウジは食堂で3人前位の量を注文し,ガツガツと食べた。 「良く食べられるな,トウジは。僕なんか,食欲が無いよ。」 シンジは体力を使い果たして体が重く,あまり食べる気がしなかった。 「大丈夫かい,シンジ君。」 カヲルは心配そうだ。 「うん,何とかなると思う。でも,情けないな。マリアさんにも歯が立たないなんて。」 「そんなこと言わないで。私は小さい頃から訓練を続けてきたからよ。碇君は,そうじゃ 無かったんでしょ。素人にしては上出来よ。ねえ,キャシーもそう思うでしょ。」 「そうね,マリアの言う通りよ。いきなり素人に抜かれたら,私達がみっともないわよ。 だから,気にしないで。自分のペースを掴んで,着実に力を付ければ良いのよ。」 「でも,あまりにレベルが違いすぎて,嫌になるなあ。」 シンジは落ち込んだ。だが,ふと他のメンバーのことが気になった。 「マックス君達も強いのかなあ。」 この問いには,キャシーが答えた。 「そうねえ。マックスは,アールコートとマリアの2人を相手にしても勝てる位強いわね。 アリオスは,マックスとアールコートの二人を同時に相手に出来るわ。ミリアはマックス と同じ位強いわ。アールコートは鈴原君と一緒ならマリアに勝てそう。まあ,大体そんな ところかしら。」 要は,強い順に アリオス マックス ミリア マリア アールコート トウジ シンジ というところである。 「でも,渚君は掴み所が無いっていうか,良く分からないわ。」 「そういうキャシーさんはどうなんや。惣流と同じ位強いって,言ってたやないか。」 「じょ,冗談でしょ。惣流さんは,私達とレベルが違うわよ。ねえ,マリア。」 「う〜ん,私はキャシーの強さが分からないから,何とも言えないけど。レベルが違うっ ていうのは本当ね。」 「ま,まさか,惣流の奴,マリアさんよりも強いんか。」 「私が10人いても勝てないわね。」 本当は100人と言おうとして,考え直したマリアだったが,トウジとシンジを唖然とさ せるには十分だった。 「アイツとは,ケンカするのは止めといた方が良いってことやな。やっぱりアイツは天才 なんか。」 トウジの呟きに,マリアはちょっとムッとした表情でこう言った。 「積み上げた努力の違いよ。」 それを聞いたトウジは,沈黙するしかなかった。 ***  その日の午後3時からハーモニクステストが行われたが,結果は思わしくなかった。パ イロットのシンクロ率が良くなかったからだ。 シンジ     60% マックス     8% ミリア      6% トウジ     30% アリオス     9% アールコート   6% カヲル     35% キャシー     0% マリア     15% 「このままだとまずいわね。何とかしないと。」 アスカは,頭を抱えた。このままでは戦力的に厳しい。カヲルのシンクロ率が高いのが救 いだが,全体的には格闘技の技量が高い者ほど低いシンクロ率となっていた。 アスカはハウレーンのことを思い出していた。彼女が怪我さえしなければ,彼女に指揮官 を任せて,アスカはMAGIの操作に全力を注ぐつもりだったのだ。そうすればシンジと の婚約解消を発表する必要も無かったし,シンジのシンクロ率が下がることも無かった。 ハウレーンならば素養があり,傭兵の指揮官としての経験もあることから,最適任だった のだが,パイロット候補生の中で,他に指揮官役を任せられる人間はいない。結局しわ寄 せがどこかに出て来るのだが,現在は最悪の形で現れていた。 しかも起動指数に満たない者が半数を超えるのだ。これでは1カ月やそこらの訓練では, どうしようもない。アスカは,さらなるパイロットの招集を決めた。 その後,パイロット達は,シンクロ率を反映した戦闘シミュレーションを行い,厳しくし ごかれた。この訓練の教官はアスカだったが,特にシンジには厳しかった。初日からシン ジは鉄拳制裁を何度も受けたのである。 だが,これにはアスカなりの考えがあった。アスカが思うにシンジはすこぶる鈍い。口で いくら言った所であまり感じないのだ。恋愛ごとならまだ良いが,戦場で隊長がこの調子 では,部下の命が危ういのだ。 だからやむを得ず体に覚えさせるため,身を切るような思いでシンジを殴りつけたのだ。 しかも闇雲にではなく,部下達の命を危うくさせるような行動をとった時だけに限定した。 アスカにとっては,これでも十分抑えているつもりだった。だから,シンジが落ち込んで いることには気付かなかった。 *** 「さてと,シンジはどうしているかな。」 アスカは,家に帰って一風呂浴びて着替えると,シンジのことが気になった。指揮官であ る立場上,ネルフではシンジに対して厳しくしごいたからだ。  アスカは,隣家に引っ越したシンジの部屋に通じる秘密の通路を作っており,そこから中 に入って行った。 (さあて,シンジは何しているかな。一人でエッチなことをしていたらどうしよう。驚か してやろうかな。シンジったら,飛び上がって驚くかもしれないわね。へへっ,面白そう。 わくわく。) アスカは抜き足,差し足,忍び足で家の中を歩いた。そして,シンジの寝室の入口から中 を覗いた時,シンジの泣き声が聞こえてきた。 「うううっ。アスカは僕のことが嫌いになっちゃったのかな。どうしよう,どうしよう。 うううっ。アスカに嫌われたらどうしよう。誰か助けてよ。誰でもいいから助けてよっ。 うううっ。」 シンジは,顔をくしゃくしゃにして泣いていたのだ。 (げっ,こいつって,こんなにヤワだったの。昨日の決意は何だったのよ。) アスカは頭痛を感じた。 (う〜ん,今日のアタシはそんなに厳しかったかしら。そんなつもりは無かったけれど, シンジにとっては厳しかったっていうことね。は〜っ,参ったわね。初日からこれじゃあ。 しょうがないから,ちょっと慰めてあげようかな。でも,変に慰めるよりは,いつも通り にした方が良いかな。良し,そうしよう。) アスカは方針を決めると,音も無く近付いて,ベッドの上でうつ伏せになって泣いていた シンジの上にそっと乗っかった。 「な〜によおっ。元気出しなさいよっ。」 「えっ,ア,アスカなの。」 シンジは物凄くびっくりした様子だ。 「そ〜よっ。愛しのフィアンセよっ。アタシの前ではちったあ元気にしなさいよっ。」 「えっ,アスカは僕のことを嫌いになったんじゃないの。」 「ム〜ッ。誰がそんなことを言ったのよ。」 (何よ,こいつったら,相変わらず内罰的ね。でも,今は我慢するか。) 「いや,誰でもないけど…。」 「今日は疲れたでしょ。早く寝ましょう。」 「あっ,でもお風呂に入ってないんだ。だから,汗臭いんだ。」 (こいつったら,アタシを怒らそうとしているのかしら。いや,違うわね。そうなると, かなり落ち込んでいるかもしれないわね。う〜っ,しょうがない。今は我慢しよう。) アスカは怒鳴りたいのをじっと我慢して,優しく言った。 「良いのよ。シンジの匂いなら,アタシは構わないわよ。明日の朝にシャワーを浴びれば いいじゃない。」 「でも…。」 「あっ,そう。アタシのことが嫌いになったのね。」 「ち,違うよ。」 「じゃあ,決まりね。お休みっ。」 アスカはそう言うなりシンジの横に寝転がった。 「もう,アスカったら強引なんだから。」 そう言いながらも,声色は元気になりつつあるシンジであった。 (うん,ちょっとは元気になったみたいね。考えてみたら,シンジは猛特訓で疲れている から,その影響も大きいのかもね。まあ,明日の朝になったら,いつもの通り,キスして あげようかな。頑張ったご褒美だと言ってもう1回キスしたら,きっとこいつのことだか ら,疲れなんか吹っ飛んで,張り切るはずよ。) こうして二人はいつもと同じように眠ったのだった。 (第39.5話へ)

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき  当面は,ネルフでシンジは落ち込み,家に帰ってアスカと顔を会わせると元気を取り戻 すという繰り返しになるでしょう。 2002.5.26  written by red-x



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