「ああっ，もう，つっかれたぁ〜。」
パーティーが終わり，家に辿り着いた時には，既に夜中の２時を過ぎていた。アスカもシ
ンジもミサトもリツコも皆へとへとになっていた。とくにアスカは，物凄く疲れていたた
め，思わず声にでてしまった。
「じゃあな，葛城。今日はゆっくり休めよ。アスカもな。」
皆を送ってきた加持は，そう言いながら，にっこり笑って，さきほど帰って行ったところ
だ。何故か，足が痛そうな様子だったが。
「お風呂，どうしようか？」
ミサトもリツコも寝室に直行した後，シンジが聞いてきたので，アスカはどうしようか迷
ったが，結局，そのまま寝ることにした。本当は，自分の匂いが気になったのだが，疲れ
が限界を超えてしまっていたのだ。
「アタシ，もう寝る。シンジも寝ようよ。」
既にドレスも何もかも脱いでおり，アスカはベッドで横になっていた。
「うん。」
シンジは，明るく返事をすると，アスカの横に寝た。
「おやすみ。」
そう言うと，アスカはシンジにキスをした。そして，シンジに抱きついたまま，眠りにつ
いた。
「アスカって，本当に可愛いな。」
シンジは，アスカの寝顔に見入っていたが，あまりの可愛さに，キスをした。だが，それ
だけでは済まずに，徐々にエスカレートし，暴走していった。
＊＊＊
「好きよ，シンジ…。」
シンジがアスカの肩をがっちりと掴み，渾身の力を込めてアスカに自分の想いをぶつけよ
うとしたその時，最後の一線を超える寸前で，アスカの小さな寝言が聞こえてきた。その
声にはっとしてシンジは思い止まった。
「僕は，アスカのことを愛しているのに，何てことを…。アスカ，ごめんね。もう，こん
な卑怯な真似はしないね。」
シンジは，アスカに優しくキスをして，抱きしめた。そして，そのまま眠りについてしま
った。たが，実はこの時，アスカは起きていたのだ。ところが，アスカは何故かこの時，
抵抗する気が起きなかったのだ。それどころか，思わずシンジのことを好きと言ってしま
い，自分でも訳がわからず，驚いていた。
（はあ，アタシったら，何でやめてって言わなかったんだろう。シンジが思い止まらなか
ったら，大変なことになっていたわ。アタシったら，今日は何かおかしいわ。どうしちゃ
ったのかしら。）
どうも，アスカは，今日は気分が良かったためと，少しお酒が入っていたため，そのまま
シンジを受け入れる気持ちになってしまっていたらしい。非常に危ないところだった。
（でも，シンジったら，アタシのことが，本当に好きなのね。ふふふっ。それに，ここま
でしたのに，アタシとの約束を守って，思い止まるなんて…。シンジを信じて良かった。）
アスカは，シンジの誠実な態度に好意を感じていた。
だが，二人とも気が付かなかったが，二人を見つめる目が４つあった。ミサトとリツコで
ある。ミサトは，今日のアスカの様子から，ちょっと危ないと思っていたのだ。その感は
ズバリ当たったのだが，ミサトが飛び出して止めようかという寸前で，シンジは思い止ま
ったのだ。
「今日は大丈夫そうね。」
ミサトが小声で言った。
「ええ。と，いうか，当分大丈夫そうね。」
今度はリツコである。
「でも，ちょっち，残念かも。」
「ミサト，あなたねえ。」
「へへっ。ゴミンゴミン。」
こうして，ミサトとリツコは，安心して自分の部屋へと向かった。
一方，アスカはしばらく眠れなかった。シンジが自分の上で眠っているため，重くて眠れ
ないのだ。しかも，アスカは，かなり不自然な体勢のままになっていた。
だが，運良く，今日のアスカは物凄く疲れていた。このため，アスカは間もなくぐっすり
と眠ることが出来た。
＊＊＊
翌朝，シンジは目を覚まして，仰天した。アスカと抱き合っており，アスカの頭をつか
んでキスしたままの体勢で寝ていたからだ。シンジは，アスカに気付かれないようにと，
そっとアスカの唇から口を離した。
だが，その瞬間，アスカの目が大きく開かれた。
「おはよう，シンジ。」
シンジは，それを聞いて，真っ青になった。もちろん，アスカが激怒していると思ったか
らだ。シンジは，経験上，アスカが物凄く怒っているときは，冷静な口調になることを知
っていたからだ。
だが，アスカは続けて言った。
「シンジ，アタシ，このままだと苦しいんだけど。」
そう言われて，シンジははっとした。アスカは，かなり不自然な体勢だった。これでは，
アスカは苦しいに違いない。
「ご，ごめんよ。」
シンジは大慌てで，肩に担いでいたアスカの両足を解放した。
「ふうっ。苦しかった。」
アスカはそう言ってため息をついた。
「アスカ，本当にごめんね。」
「ううん，いいの。でも，何でこうなったのかは教えてくれるわよね。」
にっこりと微笑むアスカに，シンジは背筋が寒くなるのを感じた。
「シンジ，勘違いしないで。怒っている訳じゃないのよ。ただ，何があったのか，知りた
いだけなの。絶対に怒らないから，教えてちょうだい。」
シンジの怯えた顔を見て，アスカは優しく話しかけた。このため，シンジも少し落ち着き
を取り戻して，正直に全てを打ち明けた。
シンジの話が終わった時，アスカは優しく言った。
「ふうん，そうだったの。正直に言ったから，今回は許してあげるわね。でもアタシは，
嘘をつかれたり，裏切られたりするのが，一番嫌いなの。それだけは覚えておいてね。」
それを聞いたシンジは，放心状態になった。恐ろしい罰があると覚悟していたのに，おと
がめ無しだったので，気が抜けたからだ。
「あら，罰が無いのもまずいかしら。やっぱり，シンジには罰を与えるわね。アタシをお
風呂に連れていって，シャワーを浴びるのを手伝うこと。いいわね。」
それを聞いて，シンジは安堵した。
＊＊＊
シャワーを浴びて，髪が乾く頃には，もう９時過ぎになっていた。今日は，まだユキは
来ていない。アスカが呼んだら来る手筈になっていたからだ。もっとも，さきほど呼んだ
ので，もうすぐ来る筈だ。
「おはようございま〜す。」
今日も，ユキは元気な声で，入ってきた。
「おはよう，森川さん。」
「おはよう，ユキ。」
アスカとシンジは，二人同時に返事をする。
「まあ，今日も，ますます仲のよろしいようで。」
ユキはウインクする。
「あら，分かる〜。」
アスカも切り返す。本当にシンジのことは怒っていないようだ。
「そうですよね。婚約したんですから，今更ですよね。」
さすがに，ユキは太刀打ち出来ないと分かったらしい。朝食の用意を始めた。
今日は，正月からちょっと日が経っているが，お雑煮である。具だくさんの豚汁らしきも
のに，ちょっと小さめの，食べ易い大きさに切ったお餅が，５個位入っていた。
「昨日は，あまり食べられないと思ったので，ボリュームのあるものにしたんです。」
ユキはそう言って，ハフハフしながらお餅を食べた。
「ふ〜ん，これがお餅なんだ。」
アスカは，お餅を食べるのは初めてなので，ちょっとおっかなびっくり食べていたが，ど
うやら気に入ったようで，お代わりをしていた。
「どうです，惣流さん。」
「何か，体があったまるような感じがするわ。それに，伸びるなんて，面白いわね。また，
いつか作ってよ。」
「ええ，いいですよ。でも，気をつけて下さい。お餅３個で，ご飯１杯のカロリーがあり
ますから。」
それを聞いたアスカがむせる。
「ユ，ユキ〜。それを早く言いなさいよ。まったく，もう〜。アタシは太りたくはないん
だから。」
アスカは，ぷりぷりしたが，アスカの可愛い仕草に，皆で大笑いした。
＊＊＊
朝食の後，シンジはネルフへ軍事教練をしに出かけ，ミサトは加持のところへ，リツコ
はアスカと一緒にネルフの仕事，ユキは炊事に掃除，洗濯などを行うことになった。午後
からは，ヒカリやケンスケが来ることになっている。
「じゃあ，休日だけど，お願いね，リツコ。」
アスカに頼まれると，リツコは，指示された仕事を淡々とこなしていく。この家に来たば
かりの頃は，リツコもぎこちない手つきでパソコンを打っていたが，それも数日のことで，
今では記憶を失う前の速さと遜色がない位のスピードで打てるようになっていた。
このため，アスカはかなり楽が出来るようになった。平日は，ネルフでリツコとミサトに
手伝ってもらい，シンジにも軍事教練が終わったらお手伝いをしてもらう。帰宅してから
と休日も，３人とも自主的に仕事を手伝ってくれていた。
お蔭で，マヤから回ってくる仕事は，リツコ達に殆ど任せて，アスカは，自分しか出来な
い仕事に没頭出来たのだ。
「リツコ，そろそろコーヒータイムにしない？」
「ええ，いいわよ。」
アスカは，ユキも呼んで，３人でコーヒーを飲む。さすがに働きづめでは，体以前に精神
的に持たないと考えたアスカは，午前と午後に３０分ずつ，コーヒータイムをとることに
したのだ。
こうして，少し休むと，３人は仕事を再開した。
「アスカ〜，来たわよ〜。」
お昼になると，ヒカリがやって来た。ケンスケも一緒だ。昼食は，ヒカリ達も一緒なのだ。
最近の平日は，ユキ，ヒカリ，ケンスケの３人で昼食を摂ることが多かったが，今日はそ
れにアスカとリツコが加わった形だ。
入れ替わりに，ユキがちびっ子達へ料理を運びに行くが，直ぐに戻ってくる。ユキ，ヒカ
リ，トウジの妹達は，ユキの家で，仲良く遊び，勉強し，食事を摂っている。
「いっただきま〜す。」
皆，声を揃えて食べ始める。今日は，３種類のスパゲッティーにクリ−ムシチュー，２種
類のサラダである。朝食の量が多かったので，割合軽めのメニューである。
食事の合間に，ケンスケが映画製作の進行状況を皆に説明した。シンジがネルフから持っ
てきた映像データのお陰もあり，７割方完成しているという。残りの３割の殆どが，今週
中には撮影出来そうだという。
その秘密は，ケンスケのカメラにあった。ケンスケのカメラは，ビデオ機能がついている
機種があり，日常のクラスの様子などは，改めて撮影する必要がなかったからだ。だから
撮影が必要なのは，アスカやミサトが絡むシーンが多いのだ。
このため，ケンスケと助手のユキは，明日の月曜日から，今週一杯はネルフに毎日のよう
に訪れることになる。その間，ヒカリが家事全般と，クラスメートへの連絡を行う手筈だ。
さすがに，学校が始まってから動いたのでは，遅すぎるのだ。
「じゃあ，相田っ，明日から，頼むわよっ。」
アスカは相田にウインクした。
「任せてくれよ，惣流。きっと，良い作品に仕上げて見せるよ。」
ケンスケはそう言って胸をドンと叩いて…，むせてしまった。それを見て，皆大笑いした。
食後のコーヒーを飲みながら，映画の打ち合わせを行っていた時，アスカの携帯電話が振
動した。
（加持さんね。）
アスカは，自分の部屋に戻って，電話を受けた。
「よお，アスカ。まずは，お礼を言うよ。」
「例のモノが届いたのね。」
「ああ。良くあんなものを集められたな。」
加持は舌を巻いていた。アスカが加持に送ったのは，今まで加持が手を出してきた女性の
一覧と，加持と付き合ったことを示す証拠の数々であった。
女性の一覧には，『解決済』，『交渉中』，『交渉予定』などの文字が書き込まれていた。
『交渉中』，『交渉予定』と書かれている女性は，比較的大人しい性格の女性だったのだ。
『解決済』と書かれているのは，そうではない女性と，パーティーに来ていた女性達だっ
た。加持は，誰のお蔭で助かったのかを知った。
「まあね，苦労したのよ。お蔭で，パーティーの時は，急所蹴りや鳩尾打ちくらいで済ん
だでしょ。」
「おいおい，じゃあ，もっと酷いことになっていたっていうのかい。」
「加持さんも，あっまいわねえ〜。毒物や爆発物を用意していた人もいたのよ。技術部門
の女性には，手を出しちゃあ駄目なのよ。」
「う，嘘だろ。」
「本当よ。お蔭で苦労したのよ。まあ，お世話になった加持さんのためだから，どうって
ことないけどね。」
「アスカ。幾らかかった。」
「知らない方がいいわ。」
加持には返せそうにない金額だったので，アスカは言わなかった。もちろん，加持に請求
する気はさらさらない。
「でも，アスカは，お母さんの遺産に手を付けられなかったよな。」
「ふっふっふっ。甘〜い。ママの遺産を担保にして，現金を高利貸しから借りたのよ。失
敗すれば，すっからかんだったけど，一か八かの賭けに勝って，ママの遺産を１００倍以
上に増やしたのよ。」
「おっ，おい。お母さんの遺産て，百万ユーロはあったよなあ。」
「そうね。もう，１億ユーロ以上はあるわよ。」
実は，それ以外にも，ドルや円を持っているのだが，あえて言わなかった。
「ア，アスカって，そんなに金持ちだったんだ。」
「後悔しても遅いわよ。加持さんは，ミサトを選んだんだから。」
「後悔はしないさ。でも，困った時は，貸してくれよな。」
「良いわよ。ミサトには内緒でね。今回のことも，もちろんだけどね。」
「ああ。そう言えば，もう一つお礼を言わないといけないな。指輪の件で，葛城は，涙を
流して喜んでいたぞ。」
「そんな，良いのよ。アタシは，まだまだ見せびらかす機会があるけど，ミサトはあれが
最後だもの。」
「だが，まさか，シンジ君があんな大きな指輪を買うとはな。」
「あれ，一千万円はするわよ。シンジったら，ミサトのことなんか全然考えないんだもの。
まあ，アタシのことを考えて，あんな大きなものを買ったんだろうから，アタシとしては，
嬉しくもあり，複雑な気分だけど。」
「シンジ君には，何て言ったんだい。」
「シンジには，パーティーに持っていくのを忘れたって言ったのよ。実際に置いていった
しね。」
「何か言っていたかい。」
「取りに戻るなんて言ってたのよ。もう，頭が痛くなったわ。だから，アタシ，言ったの。
皆がダイヤばかり見て，アタシの美しさに目がいかなくなるから，いいんだって。」
「はははっ。アスカらしいな。」
「うん，でも，シンジったら，『そうだね。』って，真顔で言うのよ。アタシ，真っ赤に
なっちゃった。」
「そうか。アスカも，良い男をつかんだな。シンジ君は，ひ弱そうに見えるが，芯はしっ
かりしてるし，優しいぞ。男の強さっていうのは，心の強さと優しさがなければ駄目だ。
腕力が強いのは，本当の強さじゃない。アスカの思いやりに気付かないのは，経験不足だ
からだ。アスカなら，分かるよな。」
「あったりまえでしょ。」
「おっと，葛城がそろそろ戻ってくる頃だ。それじゃあ，アスカ，本当にありがとう。」
「良いってことよ。それじゃあね。」
そう言って，アスカは電話を切った。
（本当は，皆に指輪を見せびらかしたかったけど，それじゃあ，ミサトに悪いものね。シ
ンジも，もうちょっと気が付いて欲しいけど，今回はしょうがないか。）
シンジが，アスカの心配りに気付く日が来るのだろうか。それを思うと，アスカはため息
をつくしかなかった。
＊＊＊
食後のコーヒー後は，各々の仕事に戻った。アスカとリツコは，アスカの部屋でパソコ
ン相手の仕事。残りの３人は映画の作業である。こうして，今回の休日は過ぎていった。
なお，夜は久々にシンジの料理だったので，アスカはご満悦だった。
（第24.5話へ）
（第２５話へ）
（目次へ）
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あとがき
アスカのお蔭で無事に婚約パーティーを乗り切ることが出来た加持。これで，ますます
アスカに頭が上がらなくなるでしょう。
2002.2.10 written by red-x