新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ
第25話 始業式
「ああっ,もうっ。校長先生の話って,何で長いのよ〜。」
アスカは,ぶ〜たれた。今日は,2月1日,月曜日。約3週間遅れの始業式だった。この
ため,どの学校でも恒例の,校長の長話となった訳である。
「アスカ,大丈夫だった?」
シンジは,本当に心配そうな顔をしていた。退院から3週間以上も経っているが,アスカ
の体調がまだ万全ではないことを知っているからだ。
「駄目よ。シンジ,教室までおんぶしてよ。」
「そ,それは…。」
さすがに,シンジも恥ずかしい。うんとはいえない。
「冗談よ,早く教室へ行きましょう。」
(ふっ,シンジもちょろいわね。)
そう言うと,アスカは走り出した。
「ちぇっ,アスカの嘘つき。」
シンジは小声で文句を言ったが,その顔はにこやかだった。アスカが元気になりつつある
のが嬉しいのだろう。
***
アスカ達のクラスでは,新しく担任になったミサトが新任のあいさつをしていた。
「今日から,皆さんの担任になった,葛城ミサトよ〜ん。よろしくね〜。」
ミサトがあいさつすると,男子は喜びの声を上げた。ついさっき,新任の美人の先生が4
人も紹介されたのだが,そのうちの一人が自分のクラスの担任になったのだ。男なら喜ば
ずにはいられない。
「担任の先生が変わって,良かったな〜。」
「しかも,凄い美人だぜ〜。」
「ラッキー!」
そんな会話が,教室内で飛び交った。だが,それも束の間。ミサトが制止する。
「は〜い,そこまでよ〜ん。みんなに重大なお知らせがあるの。」
ミサトの真剣な声に,皆注目した。
「このクラスで,最近,婚約した人がいます。」
「おお〜っ!」
教室はどよめいた。だが,アスカとシンジは俯いている。
「それは,私よ〜ん。新学期には,人妻だから,よろしく!」
ミサトが一気に言うと,教室内には,『チェッ』とか『あ〜あ』とかいった,落胆の声が
あがった。これに対し,アスカとシンジは肩をなでおろしている。そんな様子を見て,ミ
サトはニヤリと笑った。
「だが,しか〜し,私だけじゃあ,ないのよねえ。はい,シンちゃん,後はよろしくね〜
ん。頑張ってね〜。」
ミサトの指名を受けて,シンジは一瞬ビクリとしたが,ゆっくりと立ち上がった。すると,
教室は水を打ったように静かになった。そして,シンジはクラス全員の視線を浴びること
となった。
(シンジ,しっかりやってね。)
アスカも祈るような視線でシンジを見た。だが,それに気付かずに,シンジは話し始めた。
「い,今ミサト先生が言われた通り,僕はつい先日,婚約しました。そ,その相手を今か
ら紹介します。僕の婚約者は,そ,惣流・アスカ・ラングレーさんです。」
その言葉を受けて,アスカも顔を真っ赤にしながら立ち上がった。
「はい,じゃあ,二人とも前においで〜。みんなにあいさつよ〜ん。」
ミサトに促されて,二人は黒板の前に立った。
「ぼ,僕は,こ,この惣流・アスカ・ラングレーさんと先日婚約しました。み,皆さんに
黙っていようかとも思いましたが,や,やはり正直に言おうと思い,こ,この場を借りて
は,発表します。皆さん,よろしくお願いします。」
続けて,アスカも皆に頭を下げた。
「私,惣流・アスカ・ラングレーは,この碇シンジ君と婚約しました。皆さん,よろしく
お願いします。」
だが,急な発表に,みんな反応出来ず沈黙が続いた。だが,やはり友人はいいものだ。ト
ウジが大きく拍手をすると,ケンスケ,ヒカリ,ミサトそして次々にクラスメート達が拍
手をしていった。
「皆さん,ありがとうございます。」
シンジは,目を潤ませた。アスカは,真っ赤になって俯いたままだった。二人の左手の薬
指には,おそろいの指輪が光っていた。
***
つい先日のこと。アスカとシンジは,ゲンドウ達のところへ来たとき,ドイツ支部が,
まだアスカのことを諦めていないことを知らされた。婚約は偽装ではないかと疑っている
とのことだった。
「そ,そんな…。」
シンジは絶句した。だが,アスカは怒りながらも,ゲンドウに聞いてきた。
「では,どうすれば良いのですか。」
それに対して,冬月が代わりに答えた。
「二人が婚約しているということを,周囲に知らせるのはもちろんのこと,しばらくは仲
良くして,喧嘩をしない方が良いと思うのだよ。分かるね。もしかしたら,ドイツ支部の
手先が,証拠を掴もうと,見張っているかもしれないのだよ。」
「では,学校の皆にも,公表しろということですか。」
「そうなるね。」
「はぁ〜。」
アスカはため息をついた。学校の皆には知られたくなかったからだ。この歳で婚約なんて
噂のネタにされるのは間違いないからだ。当分の間,聞き耳を立てることになりそうだ。
「しょうがないよ。学校が始まったら,皆の前で言おうよ。」
シンジの言葉に,アスカもイヤイヤながらも同意せざるを得なかった。
「ん,もう。それしかないようね。でも,シンジが言うのよ。アタシは頷くだけだからね。
それで良い?」
「う〜ん,分かったよ。」
シンジは重苦しく答えた。
「でも,シンジからもらった指輪は,普段ははめられないわね。どうしようかしら。」
「ええっ,何で?」
「あんなに大きいのなんか,何か行事のあった時以外ははめられないの。だから,普段用
のを買いましょう。そうしたら,シンジもはめられるしね。」
「何か嫌だな〜。」
「そう言わないの。おそろいのを買うからいいでしょ。」
「おそろいか〜。うん,だったら良いかな。」
シンジはにっこりした。
そして,二人は宝石店に行き,小さなダイヤが10個ほどちりばめられたプラチナリング
を買って,指にはめることにした。お互いに贈り合うことにしたため,費用は折半であっ
たが,シンジが買った婚約指輪の100分の1位の値段で済んだ。ダイヤは合計で1カラ
ット位だったが,それでも,中学生が指にはめるには,ちょっと高価なものだろう。
こうして,学校が再開されると,イヤイヤながらも,アスカとシンジは,皆に婚約を公表
することになったのである。
***
「じゃあ,映画の話に移るわよ〜ん。」
一通りの騒ぎが収まると,ミサトが口を開いた。
「悪いけど,相田君と洞木さん,よろしくね〜ん。」
ミサトの指名を受けて,ヒカリとケンスケが前に出た。
「皆さんに既にご連絡していると思いますが,今度の文化祭で,我がクラスでは,映画上
映を行いたいと思います。異議はありませんか。」
『異議な〜し。』との声が幾つかあがった。
「はい,それでは,映画の内容や,今後のスケジュールについて,説明します。」
まず,ケンスケが映画の内容を説明し,その後にヒカルがスケジュールを説明した。30
分ほどしてそれらが終わると,質問や意見を受け付けることになった。答えるのは,ケン
スケである。
「は〜い,しつも〜ん。費用はどれくらいかかりますか。」
「費用は,全てネルフから補助されます。だから,気にしなくて大丈夫。」
それを聞いて,少なくない生徒がホッとした。
「は〜い,しつも〜ん。機材はどうするんですか。」
「僕のツテで最高の機材を揃えます。でも,費用はネルフ持ちだから大丈夫。」
と,このようにケンスケが次々と質問に答えていき,映画の件はすんなりと決まっていっ
た。やはり,費用を出さなくて良いということが大きく,反対する者はいなかった。また,
全員が何らかの形で出演することも確認された。そして,早速明日から撮影が始まること
になった。
だが,チャイムが鳴り,休み時間になると,クラスの半分近くの生徒が教室を飛び出して
行った。おそらく,アスカ達の婚約の話を広めるのだろう。また,残る者達もアスカとシ
ンジの周りに群がってきて,次々に質問を浴びせてきた。
アスカへの質問は,
「ねえねえ,碇君からプロポーズしたの?」
「何て言ってプロポーズしたの?」
「その指輪は,婚約指輪なの?」
「どこまで進んでいるの?」
「碇君のことは,下僕じゃなかったの?」
「碇君のどこが気に入ったの?」
「何で急に婚約したの?」
等々………………………。
これに対し,アスカは最初のうちは,かなり律儀に答えていた。
「もちろん,シンジからプロポーズしたのよ。」
「それは秘密。でも,後で明らかになるから,それまで待っていてね。」
「そうよ。二人おそろいなの。」
「中学生だもの。キスまでよ。あったりまえでしょう。」
「下僕なんて,冗談に決まっているでしょ。」
「優しいところかなあ。それに,思ったよりも頼もしいところがあるし。」
「アタシが綺麗になっていくものだから,誰かに取られない内に,つなぎ止めようってこ
とだと思うけど。」
等々………………………。
何を聞いても優等生の答で押し通すアスカに対して,強引に聞こうとする者がいなかった
ため,女性陣のアスカへの問い詰めは,大したものではなかった。
一方,シンジは,かなり厳しい質問が待っていた。
「惣流とどこまでいったんだ?」
「キスまでだよ。僕達,中学生だし。」
シンジが答えたが,誰も納得しなかった。
「嘘をつけ。一緒に暮らしているのに,そんなことが有る訳無いだろう。キリキリと白状
せい。」
「もう,やったんだろ。正直に言えよ。」
「やったかどうかなんて,聞いていないんだ。どの位やってるかを聞いているんだ。」
「週に何回やっているんだ。嘘はつくなよ。」
周りの男達の目は血走っていた。学校一の美少女であるアスカと同居していることでさえ
羨ましいのに,婚約までするなんて,許すまじという雰囲気だった。特に,マナとの一件
があったため,シンジ=美人の転校生キラーという,誤った先入観もあった。
皆の前では大人しいが,裏では何をやっているのかわからないというのが,シンジに対す
る評価になった。そうでなければ,美少女がシンジに次々となびくのはおかしいという理
屈だ。したがって,アスカとキスだけというのもうさん臭いと思われ,厳しい追及を受け
ることになった。
シンジにとっても,皆の疑いは身に覚えが有るし,さりとて真実は語れないし,非常に弱
ったことになっていた。お蔭で,シンジは休み時間になる度に男子−それも他のクラスの
男子が殆どなのだが−に取り囲まれ,厳しい追及を受ける破目になった。
トウジが睨みをきかしていたため,暴力に訴える者はいなかったが,シンジは次第にやつ
れていった。しかも,シンジを糾弾する者は,次第に増えていったのだ。
「惣流さんを妊娠させたんだろ。」
「そうだよ,そうじゃなければ,こんなに急に婚約なんてしないよな。」
「でも,そうなら,霧島さんと付き合っていた時,惣流さんともそういう仲だったことに
なるよな。」
「碇って,二股かけていたのか。許せんな。」
「霧島さんも妊娠させたんじゃないのか。」
「うらやましい〜。」
「とんでもない奴だ。」
「お前,正直に言えよな。」
皆,口々に勝手なことを言って,シンジに詰め寄るので,シンジはうんざりしていた。本
当は,逃げ出したかったが,逃げたところで,後を追ってくるのは間違いなく,それなら
ばトウジやアスカのいる教室内の方が安全だというのがアスカの意見だったので,シンジ
は止むなく従っていた。
「シンジ,屋上へ行って食べようよ。」
お昼休みになってもシンジの周りに人だかりが出来るのを見て,アスカはさすがに助け船
を出した。
「う,うん。今行くよ。」
シンジは,渡りに舟とばかりに席を立って,アスカのいる方へと向かった。邪魔をしよう
とする者もいたが,アスカが一睨みして排除した。
(いくらなんでも,シンジが可哀相だものね。)
皆,シンジには不満を持っていたが,アスカには逆らえなかったため,シンジはようやく
解放されたのだった。
***
「アスカ〜,助かったよ。ありがとう。」
屋上へ着くなり,シンジは安堵した。今日一日は,まるで針のむしろ状態だったから,物
凄く疲れたのに,お昼まで食べ損なうところだったからだ。
(いいのよ。シンジは,アタシのために勇気を出して,言ってくれたんだもの。ありがと
ね。)
そう思っていても,アスカは素直には言えない。だが,キツイ言い方は影を潜め,シンジ
を少し思いやるような言い方にはなっていた。
「いいってことよ。アタシはこれでもフィアンセだからね。」
アスカはそう言ってニッコリと笑った。つられてシンジもニッコリと笑い,やっと落ち着
いた雰囲気になった。
そうこうしている内に,トウジやケンスケ達もやって来た。もちろん,ヒカリとユキも一
緒だ。ケンスケは手にお弁当を3人分持っていた。アスカとシンジの分だ。
実は,今日から生徒にお弁当が支給されることになっていた。建前は,記憶を失ったネル
フ職員の失業対策と,生徒の親の負担軽減であった。アスカの発案で,費用はネルフ持ち
である。
これは,非常に好評だった。第3新東京市の復興やらで,生徒達の親の多くは何らかの形
で駆り出されていたため,忙しくて弁当を作っている暇などない。この市内では,専業主
婦というものは少なかったから,今までは働いている親が作っていたが,とてもじゃない
が,それどころではなかった。
しかも,毎日お弁当を作ることは,女性にとっても苦痛であったし,男性にとっても同様
だった。ネルフ関係の仕事に就いている親達の苦痛を軽減する意味で,非常に有意義だっ
たのだ。
もっとも,アスカの本心は,婚約したのに,フィアンセに弁当を作らせるのがみっともな
いという,極めて個人的な理由が全てだったのだが,まあ,結果オーライである。
こうして,6人はお弁当を一緒に食べるのだが,今週は種類を選べず,皆同じものになっ
た。来週からは何種類かのメニューの中から選べるようになるのだが。
「いただきま〜す。」
ユキの合図で,皆食べ始めた。アスカとシンジにとって,このひとときが,今日初めての
安らぎの時であった。
(第25.5話へ)
(第26話へ)
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あとがき
とうとう,婚約を公表しました。これから,一悶着ありそうです。
2002.2.17 written by red-x