新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ

外伝その4 祈り(4)



 私の名前は森川雪。父が死に,妹と弟と3人で路頭に迷ってしまったが,私はある青年

と出会い,惣流さんの監視をする代わりに,彼は私達の生活の場を用意してくれた。いわ

ば,惣流さんのおかげで私の新たな人生が始まったのだ。

 そんなある日,2−Aと2−Cに転校生がやって来た。二人とも女の子で,謎の組織の

エージェントらしい。2−Aに来たのは,霧島マナという女の子だ。私は何か嫌な予感が

した。マナが惣流さんに害を与えるような気がしたのだ。
 
 
***
 
 時はちょっとだけ遡る。

 
 私は昨日と同じように,朝7時に起床し,朝ご飯とお弁当を一緒に作った。私は一足先

に朝食を済ませ,いつでも外出出来るよう準備をした。そして妹達を起こし,朝食を食べ

たら,学校に二人で行くようにと言うと自分の部屋に戻った。二人は顔を洗った後,のん

びりと朝食をとり,歯を磨いてから家を出た。その間,私は監視カメラを覗いていた。し

ばらくして,惣流さん達が家を出たため,私も急いで家を出た。
 

 家を出たら,いつものように惣流さんからかなり離れた所を歩いて,二人の後を尾けた。

学校に着くと,惣流さんが下駄箱でラブレターを思い切り踏んづけているのを見かけた。

最初は,惣流さんのことを鼻高々に思っていたが,さすがに最近では,まだ出すバカがい

るという程度にしか思わなくなった。惣流さんが,そんじょそこらのバカ共を相手にする

訳がないのを分からないのだろうか。

 
 朝,先生から他クラスに転校生が来たことを教えられた。2−Aと2−Cに各1名ずつ

だ。おそらく,二人とも私と同じ,Evaのパイロットを監視するために来たのだろう。

私は,2−Aへの転校生のことが気になっていたため,休み時間になると,いつものよう

に2−Aの前を通った。そして,1年生の時に同じクラスだった友人から,転校生の名前

を聞いた。転校生の名前は霧島マナだった。


 ふと,近くを見ると,碇君が女の子とおしゃべりしているのが見えた。
 
「あの子が霧島さんよ。」
 
友人が教えてくれた。

 
「なあに,あの子。ずいぶん,碇君と親しそうね。」
 
私は少しカチンときた。私は碇君のことはあまり好きではないけれど,今日初めて会った

ような男の子に馴れ馴れしくする霧島マナに,言いようの無い嫌な感じがしたのだ。
 

「何か,いやらしいわね。可愛い顔してるけど,普通じゃないわね。」
 
私がそう呟くと,友人は驚いていた。
 
「ユキ,どうしたの。あなたらしくないわよ。霧島さんは,とっても明るい感じがする,

いい子だと思うけど。」
 

でも,私は言い返さずにはいられなかった。
 
「でも,碇君は,惣流さんと仲がいいんでしょ。それなのに,強引に割って入るなんて,

惣流さんは,いい感じはしないと思うけど。」
 
「そうかもしれないけど,惣流さんにとって,碇君は仲良しというよりも,下僕みたいな

感じなのよね。だから,碇君がよろめいても,しょうがないと思うけど。」
 
「でも,私は何か嫌だな。碇君から寄っていくならしょうがないと思うけど,どっちかっ

ていうと,霧島さんからモーションをかけているように思うのよね。」
 
「確かにそうかもね。碇君のこと,『かわいい』って言っていたし,さっきも,碇君のた

めに朝早く起きて云々って言っていたし。いかにも,男の子の気を引くようなことばかり

言っていたわね。」
 
「でしょ。私は彼がいないからいいけど,あなたは気をつけないと,霧島さんに横取りさ

れちゃうかもよ。ああいう子って,見境ないようだから。」
 
「そうね。気をつけなきゃね。」

 
そんな話をしていると,碇君達の所に惣流さんがやって来て,何か喋っていた。そうした

ら,何と碇君と霧島マナの二人は,惣流さんを避けるようにして,どこかへ行ってしまっ

た。後に残された惣流さんの顔は,最初はムッとしていたが,次第に茫然自失といった感

じに変わっていったのだった。
 

「霧島さんもやるわねぇ。」
 
友人は感心するやら,あきれるやら。私はと言うと,マナを明確に敵と認識していた。マ

ナは,惣流さんに精神的ショックを与えた悪い女だ。だから,私にとっては,敵以外の何

者でもない。例え,同じ組織に属する仲間だとしても関係無い。私の敬愛する惣流さんに

仇なす者は,私の敵なのだ。
 

「ごめん,私トイレに行って来る。」
 
友人にそう言って,私はその場を離れた。惣流さんの悲しげな顔を,それ以上見たくなか

ったからだ。
 
 
 次の授業が始まった時,ふと窓の外を見ると,惣流さん達が学校を出るのを見かけた。

私は,お腹が痛いから保健室へ行くと嘘を言って,惣流さん達の後を追った。
 
***
 
 惣流さん達の後をついていこうとしたら,驚いたことに,マナも後をつけていた。良く

考えたら当たり前のことなのだが。
 

マナは電車の中で惣流さん達に話しかけていた。私達の役目は,監視だと思っていたが,

どうも彼女はそれ以外の役目もあるようだ。私は少し驚いた。

 
本当に驚いたのは,マナが碇君とくっついてネルフに入るのを見た時だ。会ったその日に

ここまでするなんて。あの様子だと,マナは今夜にでも碇君をモノにするかもしれない。

マナは,おそらく男性経験が豊富なのだろう。深い仲になった男は,両手の指では足りな

い位だと思う。果たして,碇君は,マナの魔の手から逃れられるのだろうか。私は,そん

なことを考えながら,学校へと戻って行った。
 
***
 
 翌日,マナは碇君にべったりくっついて離れなかった。碇君もにやけた顔をして,嬉し

そうだった。碇君は,本当に鈍い。来た早々,気に入られるなんて,有り得ないのに。も

しも,彼がエヴァのパイロットでなければ,マナに鼻も引っかけられないことに何で気付

かないんだろう。
 
一方で,惣流さんは,一日中機嫌が悪かったらしい。休み時間も,碇君から逃げるように

して,洞木さんと一緒に教室の外に出て行ったそうだ。
 

帰りも,碇君はマナと一緒だった。可哀相に,惣流さんは一人で寂しそうに帰ろうとして

いた。だが,その時,洞木さんが一緒に帰ろうと声をかけた。惣流さんは,少しだけ笑っ

ていたが,それが心から笑っている訳ではないことに,私は気付いていた。
 
***
 
 その週の木曜日の昼休みに,私は友人から,調理実習の時に起こったトラブルの話を聞

いた。友人の話によると,最初に鈴原君が惣流さんにちょっかいを出し,それに怒った惣

流さんが,マナに『何でべたべたしているの。』とか,『もう,キス位しているんでしょ

うけど。』とか言ってしまったらしい。

 
友人は,『あれは惣流さんも悪いわよ。』と言っていたが,私が『碇君じゃなくてあなた

の彼だとしても,そう思うの?』と聞いたら黙ってしまった。そう,やはりマナが悪いの

だ。他人の人間関係を崩すのは,一般論としても感心出来ない。
 
また,聡明な惣流さんのことだ。マナがスパイであることに気付いて,馬鹿で鈍感な碇君

から,情報が流出するのを防ぐつもりなのだろう。だから,あえて痴話ゲンカを装ってい

るに違いない。

 
私は,何故碇君にマナが付いたのか,やっと理解した。マナが惣流さんの担当だったとし

ても,聡明な惣流さんからは,何ら情報を引き出せないだろう。もう一人のパイロットで

ある綾波さんは,殆ど口をきかないから,彼女から情報を得るのは難しい。だが,碇君な

ら,どんなに間抜けなスパイでも情報を引き出せそうだ。
 

また,相田君経由の話しでは,マナは碇君から堂々とエヴァのことを聞き出していたそう

だ。しかも,驚くべきことに,碇君は,嬉しそうに機密事項をべらべらと喋っていたらし

い。碇君は,本当にバカだと私は知った。
 

可哀相な惣流さんは,人類の平和のために戦う一方,馬鹿な仲間のことで悩みを抱えてい

るのだ。機密事項をべらべら喋る,バカな仲間のことで。しかも,碇君に処罰が下らない

ように,なるべく穏便に解決しようとしているに違いないのだ。優しい惣流さんらしい。

しかも,鈍感な碇君は,その優しさに気付かないだろう。
 

友人は,碇君が『バカシンジ』と呼ばれているのを可哀相と言っていたが,とんでもない。

碇君は,本当にバカだから,そう呼ばれてもしょうがないのだ。私は,ようやく理解した。

私は,惣流さんが碇君のことで,いつも大変な苦労をしているのが分かるような気がした。

 
***
 
いずれにせよ,惣流さんは,碇君とマナのせいで,大きな悩みを抱えてしまった。そして,

調子がおかしくなり,元気が無くなってしまった。私は,惣流さんが元気を取り戻しますよ

うにと,陰ながら祈りを捧げたのだった。
 
 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 2001.10.28  written by red-x