新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


第5部 仕組まれた戦争



第97話 悔し涙

「もう、打つ手無しか…。」 アスカは、力なくうなだれた。もう有効な対抗手段は残されていなかったからだ。謎の組 織『ゼウス』の手回しの良さに、さすがのアスカも良い対抗手段を見いだせなかった。 「ねえ、アスカ。いつもの元気を出してよ。」 シンジが励まそうとしてくれるのは嬉しいが、いかんせん何の助けにもならなかった。お そらく『ゼウス』が裏で糸を引いているであろうスコピエ同盟諸国は、公式発表ではイラ クに苦戦しているとのことだったが、各種情報から単にじっくりと攻めているにすぎない ことが分かっている。 おそらく、共通の敵イラクを簡単に倒すのは政治的に好ましくないと判断したからだろう。 戦いを長引かせて、スコピエ同盟諸国内の結束を固めるつもりなのだ。裏を返せば今が彼 らを叩くの絶好のチャンスなのだが、それが事実上不可能なのだ。 スコピエ同盟がクーデターで生まれたとはいえ、れっきとした国家の集合体であるため、 ネルフ単独で戦えるような相手ではない。では国連軍が戦えるかというと、そのような事 態になれば第三次世界大戦に発展してしまうのは間違いないから、おいそれとは戦えない のだ。 なによりも、表向きは悪の帝国イラクを倒すための同盟を組んだにすぎないため、攻撃を 仕掛ける正当な理由が無いのだ。仮にネルフがスコピエ同盟軍に戦いを挑んだ場合、支援 する国はおそらく皆無だろう。それどころか、イラクを利する行為を行ったとして、最悪 世界を敵に回すことになる。それが分かっているから攻めるに攻められないのだ。 「シンジ、アンタは呑気で良いわねえ。アタシは、今にも頭が破裂しそうよ。」 アスカはそう言って深くため息をついた。 「そ、そんなことないよ。もしかしたら世界大戦が始まるのかもしれないって思うと、不 安でたまらないよ。」 「ああ、そんなこともあったわね。でもね、事情が変わったのよ。」 「えっ。どういうことなの。」 シンジは、不思議そうに首を傾げた。普段ならそんなシンジを小馬鹿にするアスカである が、今は元気が無いようで力なく答えた。 「そうか。シンジには難しい話しよね。」 そう言って、シンジに説明を始めた。 アスカが予想していたのは、中東にトルコを盟主とするイスラム国家連合が建国されるこ とだった。そうなると、イスラム教諸国対キリスト教諸国という宗教の対立に加え、ヨー ロッパ民族対トルコ・アラブ民族という民族間の対立の図式になる。 それに、サウジアラビアが奪われると思っていた。そうなると、サウジアラビア、イラク、 旧イラン、クウェート、アラブ首長国連邦、この5か国の石油埋蔵量は、世界の5割から 6割を占めていると言われている。今でも石油は重要なエネルギーだから、1国でこれを 押さえられるとなると、物凄い政治力・経済力を持つことになるので、アメリカやヨーロ ッパ諸国が黙っていないと考えた。 また、トルコには核兵器が無いことから、戦争を仕掛ける側はあまりためらわないと思わ れた。イラクには化学兵器があるだろうが、さすがに核兵器までは無いはず。核兵器の報 復が無いとなれば、戦争を仕掛けるのに心理的抵抗は少ないのだ。 ところが、現状はどうか。 スコピエ同盟諸国はイスラム教諸国とキリスト教諸国が混在しているうえ、様々な民族が 参加している。そのうえ、首都と言えるスコピエはキリスト教国内にあるため、どちらか と言うとキリスト教国が主流と考えられる。しかも地理的な事情から、欧米諸国が攻め入 るのは同じ民族の住む国になる可能性が高く、現実問題として戦争を仕掛けるのには心理 的な抵抗が強い。イスラム教諸国対キリスト教諸国という宗教の対立にも、ヨーロッパ民 族対トルコ・アラブ民族という民族間の対立の図式にもならない。 そして、サウジアラビアとアラブ首長国連邦は、かろうじてであるが守ることができた。 このため、石油埋蔵量については世界の3割程度となり、当然ながら石油資源を背景とし た政治力・経済力も思ったほどの脅威にはならない。 更に最も重要な要素として、スコピエ同盟軍は核ミサイルを所有している国家、パキスタ ン、イスラエルが加わっている。これは相当な脅威となる。下手に攻撃して報復された場 合、泥沼の核戦争に陥る危険性が高いため、簡単には攻撃を仕掛けられないのだ。 良い例えではないかもしれないが、こういうことである。 砂漠のオアシスで、言葉が通じそうにない外国人がオアシスを独占しようとしたので、丸 腰だと思って殴って取り返そうとした。 ところがよくよく調べると、オアシスの3割程度を占領しただけであり、話も通じそうで ある。しかも拳銃を持っているので、急に殴り掛かると痛い目に遭うかもしれない。 ならば、暴力に訴えるのはもう少し様子を見てからにしよう。いや、なるべく暴力を使わ ずに、話し合いでこちらの有利に事を運ぼう。そんな感じである。 「へえ、そうなんだ。」 ずっと話を聞いていたシンジは、少し驚いたようだった。 「分かった、シンジ?思った以上に敵が大きくなったのよ。それに戦う理由も乏しいし。 だから、戦争は多分当分の間起こらないと思うわ。」 「ふうん、それっていいことなの?」 「戦争が起こらないという点ではいいけれど、問題は多いわよ。敵の力が着々と蓄えられ るし、それに対してこちらは打つ手が無くて、指をくわえて見ているしかないのよ。その うち相手の準備が調ったら、ゼーレとの戦闘の二の舞よ。あの時は運良く勝てたからいい けど、今度も勝てるっていう保証は無いのよ。」 「確かに今度の敵はエヴァを持っているけど、そんなに強いとは思えないよ。こっちまで 攻めてきたら返り討ちにできるんじゃないかな。」 「そうかもしれないわ。でもね、正面切って攻めて来ないかもよ。ネルフ以外の場所を征 服して、兵糧攻めされたらどうするのよ。そうしたら、完全にアウトよ。」 「でもさ、それで上手くいくんだったらゼーレも同じことをしたんじゃないかな。」 「アタシの作戦で、そうはさせなかったのよ。詳しく言うと長くなるから言わないけど、 敵の兵糧を横取りして、敵が短気決戦を挑むように仕向けたのよ。」 「それじゃあさ、今度も同じようにすればいいんじゃないかな。」 「あのねえ、簡単に言ってくれるわねえ。それがどんなに困難なことか、分かって言って るわけ?」 「えっ、そうなの。でもさ、アスカって天才じゃない。ちょっと考えればいいアイデアが 浮かんで、敵を簡単にやっつけられるんじゃないかな。」 「そりゃあ、アタシは天才だけどさ。これはさすがにアタシの手に余るわ。」 アスカはそう言いながらため息をついた。 「そうかあ。アスカでも駄目なんだ。じゃあ、どうしようも無いよね。」 シンジもそう言いながらため息をつく。 「ちくしょう…。あの子達の仇も討てないなんて、なんてアタシは無力なの。エヴァで戦 って死ぬのならまだいいわ。テロで訳も分からず殺されるなんて、こんなに悔しいことっ てないわよね。そう思うでしょ、シンジ。」 いつの間にか、アスカはうなだれて涙を流していた。 *** アスカが悔し涙を流している間にも、スコピエ同盟諸国(これ以降は単に『スコピエ』と する。)は着々と力を蓄えていった。 トルコ連邦は、シリア、ヨルダン、パレスチナ、西イラン、クウェート、ルーマニア、ウ クライナ、ハンガリー、モルドバ、イラク(バグダッド周辺を除く)の計11か国による 1億人の人口を有する連邦国家を形成するに至った。過去に栄えたオスマントルコ帝国の 領土の大半を支配下に収めたのである。 ギリシャ連邦は、アルバニア、キプロス、レバノン、イスラエル、北エジプトの計6か国 による2千万人の人口を有する連邦国家を形成するに至った。地中海に面する国々を中心 にしたものである。 マケドニア連邦は、スロベニア、クロアチア、ボスニア、ユーゴスラビア、ブルガリア、 グルジア、アルメニア、アゼルバイジャン、東イラン、パキスタン、トルクメニシタン、 アフガニスタン、ウズベキスタン、タジキスタンの計15か国による1億3千万人の人口 を有する連邦国家を形成するに至った。アレクサンドロス大王の最大版図からトルコを除 いた領土の大半を支配下に収めている。 こうして、スコピエは小国も多いとはいえ、なんと32カ国、2億5千万人を超える大国 家連合を形成するに至ったのである。セカンドインパクト前のアメリカにも匹敵する国土 と人口であった。このため、国力ではアメリカ、EU、ロシアを凌ぐ超大国となったのだ。 スコピエは、イラクとの戦争を続ける傍らで外交攻勢をかけていた。近接する国家に対し て、スコピエへの参加や軍事同盟の締結などを積極的に働きかけていったのである。 このため、国連参加国の半数近くがスコピエ寄りとなり、ネルフ不要論が声高に叫ばれる ようになっていった。 スコピエはエヴァンゲリオンも保有し、軍事力も強大である。それ故、20世紀後半のア メリカのように世界の警察官となるべきである。国連軍もスコピエ軍を中心とし、再編す べきである。その際、イラクに敗北するようなネルフは不要である。解体してスコピエの 傘下に収めるか廃止すべきという理屈であった。 ネルフはイラクに敗北したわけではなく、テロ被害によって一時撤退しただけなのである が、ネルフが軍事力としては脆弱である事実は覆し難かった。国連軍との連携がうまくい っていないのも事実であるため、ネルフ不要論にはある程度の説得力があった。 事態を重く見たゲンドウが直接国連に乗り込んではみたものの、ネルフを擁護する国は数 少なかった。国連の幹部連中も、自分達からネルフに対して軍事力の提供を要望したこと を綺麗さっぱり忘れたようだった。 元々国連幹部としては、ゼーレという巨大な力が崩れさったため、当面はゼーレが押さえ 込んできた争いが再発し、今後は様々な紛争が起きる可能性があると予想したことから、 各国に睨みをきかせるためにエヴァを保有しているネルフと組んだのである。 ネルフよりもスコピエの方が良いと判断すれば、組む相手を乗り換えるのも政治的にはや むを得ないところである。 だが、切り捨てられるネルフにとってはたまったものではない。財政的にはアスカの功績 によって国連の支援無しに当面は活動出来るが、国連の後ろ楯無しにはかなり活動が制約 されるのだ。 それに、スコピエ軍が国連軍の中心を占めるようになると、ネルフのエヴァもその傘下に 組み込まれる可能性が高い。そうなると、いいように扱われるだろう。機体やパイロット の身柄を押さえられる可能性すらあるのだ。 それを回避するためには、国連軍からの決別が必要である。だが、スコピエがネルフのエ ヴァを見逃すことは考えられない。まず間違いなくエヴァを奪取するか破壊するかどちら かを仕掛けて来るだろう。 そうなると、最悪の事態として考えられるのは、国連軍対ネルフという図式である。スコ ピエが国連軍の実権を握ると、遅かれ早かれそのような事態になるのは間違いないだろう。 そのような事態になるのを防ぐには、スコピエを叩く必要があるのだが、政治的な理由で それは事実上不可能なのだ。今のネルフは、状況が刻一刻と悪化するのを指をくわえて我 慢していなければならないのだ。まさに、今のネルフは打つ手無しという状況だった。 *** アスカは散々頭を悩ましたが、結局妙案など無い。泣き疲れて眠ってしまった。そんなア スカを、シンジはそっとベッドに運ぶ。 「アスカ、寝ちゃったの。ねえ、アスカ。」 シンジが何度も声をかけるが、アスカは憔悴していたために返事をしなかった。すると、 アスカが眠ったと勘違いしたのだろう。シンジが鼻息を荒くしながらアスカのショーツに 手をかけて、徐々にずり下ろしていった。そして、アスカの足をゆっくりと大きく開く。 「アスカ、アスカ、アスカ…。」 そのうちシンジの荒い息がかかるようになって、アスカは股間がこそばゆくなった。 (こんな時に盛りやがってっ!シンジの大バカヤローッ!) アスカは心の中で悪態をついたが、それは言葉にはならなかった。アスカは、シンジを怒 鳴る元気すら無かったのである。 (シンジは、この戦いのことなんてどうでもいいの?なんでそんなにお気楽なのよ。こい つはバカなの?それとも現実逃避?ああっ、こいつがもっとしっかりしてくれたら。アタ シが好きなことは分かったけど、アタシが絡まないことはどうでもいいのかしら。) そこまで思って、アスカはふと危険な考えを頭に浮かべた。 (そうだ、もしかしたら…。試してみるか。) アスカは何事かを思い立って、唐突に口を開いた。 「シンジ、アタシとエッチしたい?」 「えっ、ええっ!」 寝ていると思ったアスカに話しかけられて、シンジは思いっきり動揺した。その拍子に、 アスカの太股の付け根に生温かい液体がかかった。だが、よだれかなと思ったアスカは、 『げっ、汚い。』と思ったが構わずに続けた。 「シンジがさあ、スコピエに行って敵を皆殺しにしてくれたら、アタシを抱いてもいいよ。 シンジが望むなら、丸一日、ううん1週間でもアタシを好きにしてもいいよ。ねえ、どう するシンジ?」 だが、シンジの答えはアスカの予想通りだった。 「そ、そんなこと出来ないよ。僕は確かにアスカを守るって誓ったけど、アスカに何もし ていない人を殺すなんて嫌だよ。いくらアスカの頼みでも、それだけは嫌だよ。」 シンジは、そう言いながら怯えたような顔をした。さすがに皆殺しなんて言ったのはまず いと考え直し、アスカは笑って言った。 「シンジ、冗談よ。じょ・う・だ・ん。本気にしないでよね。」 「もうっ、アスカったら脅かさないでよね。」 シンジは、胸をなでおろした。アスカが本気で言ったことに気付かなかったようだった。 (第97.5話へ)

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき  アスカのお色気作戦は、シンジには通じませんでした。でも、シンジが『ウン』と言っ たら、アスカはどうするつもりだったのでしょうか。 2005.2.5  written by red-x



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