新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


第5部



第94話 狙われる理由

カールは、静かに語り始めた。 「敵の組織の名は『ゼウス』と言うが、何を目的とする組織なのかまでは分からなかった。 分かったことは、紀元前の時代の予言を信じている秘密組織だということだ。私はその予 言の幾つかを探り出したが、内容は確かこうだったと思う。 『ナザレのイエスが死んで、大地が2千回、太陽の周りを回りし時、 20番目の世紀末の最後の年、9月の半ばに、 神の使徒が現れ、人類を滅ぼさんとするであろう。 だが、ゼーレを名乗る者達が使徒を封印し、人類は滅びを免れる。 その見返りに、6番目の大陸は姿を消し、 南に住む者は、ことごとく死に至るだろう。』 『使徒はその後も数多く現れ、人類は滅亡の危機を迎えるが、 紫の悪魔を操る、黒い瞳の少年によって、地球は救われる。 紅い瞳の少年少女も現れて、彼を助けるだろう。 少年は、英雄、イカリシンジと呼ばれ、 智将、カツラギミサトとともにゼーレを倒し、 最後の使徒と刺し違えるだろう。』 『地球に最後の審判が下る時、黒い悪魔が舞い降りる。 悪魔は黒き衣を脱ぎ捨てて、紅い魔神となり、 地球上のありとあらゆる生物を滅ぼさんとするだろう。 魔神を操りしは、蒼い瞳の戦士、 その名は、ソウリュウ・アスカ・ラングレー。 鬼神の如く戦う彼女は、神も悪魔も倒すだろう。』 その予言は、アレクサンドロス大王の側近の者が書き残したと伝えられているが、この時 点ですでに地動説を記している。大王が死んだのは紀元前323年だが、歴史上最初に地 動説を唱えたアリスタルコスが生まれたのは、その3年後だ。このことから、奇跡の予言 書とも言われているらしい。 最初の予言は、ほぼ当たっている。これはアスカも大体は知っているな。予言の当時は知 られていなかった南極大陸のことやゼーレのことが書かれている。もし、本当にアレクサ ンドロス大王の側近が書き残したとしたら、この二つを当てたことだけでも恐るべき予言 書だと言えるだろう。 だが、仮にセカンドインパクトの少し前に書き残されたとしても、かなり正確な予言だと 言える。しかも、私の調べた限りでは、少なくとも19世紀の終わりには予言の内容が文書 で残されていることが分かっている。 問題は二番目の予言だ。ゼーレが倒されることが予言されているが、アスカの話が本当だ とすると、予言は絶対に正しいとは言えなくなる。だから、ゲンドウの息子が使徒と刺し 違えるというのも当たらないかもしれない。 三番目の予言もそうだ。紅い魔神は弐号機のことを言うのだろうが、アスカがエヴァに乗 れないのなら実現しないはずだ。 だが、どうしても気になるのが名前だ。ゲンドウの息子に葛城作戦部長、そしてアスカの 名前が少なくとも100年以上前に予言されていたことになる。だから、私はこの予言が いい加減なものとも思えないんだ。」 カールが言い終わると、アスカは少し間を置いてから口を開いた。 「う〜ん、でもねえ。その予言は何て言うか、公式情報のような気がするわ。シンジは英 雄なんて柄じゃないし、ミサトが智将なんていうのも笑っちゃうわ。でもね、確かにネル フの公式情報だとそうなっているのよねえ。 『紫の悪魔』っていうのは初号機ね。 『紅い瞳の少年少女』は、渚カヲルと綾波レイか。 でも、シンジは最後の使徒と刺し違えていないわね。そんな情報も流していないし。」 「おそらく、使徒はまだ現れる。少なくとも、ゼウスの連中はそう思っているはずだ。だ から、連中はゲンドウの息子を危険に晒すようなことはしないはずだ。彼が死ねば、地球 は救われなくなる可能性があるからだ。」 「なるほどね。でも、『黒い悪魔』って何かしら。弐号機を黒く偽装するのかしら。 『紅い魔神』っていうのは多分弐号機ね。もしくは弐号機を模したものね。 『地球上のありとあらゆる生物を滅ぼさんとする』っていうのはどういうことかしら。 『蒼い瞳の戦士』、『ソウリュウ・アスカ・ラングレー。』というのはアタシね。もしく は、アタシの名前を騙る偽物ね。」 「そうか。本物とは限らないわけか。アスカの名前も有名になったしな。弐号機を模した」 エヴァを操るアスカの偽物が現れるということか。」 「そうなるわね。智将カツラギミサトの正体がアタシだったように、予言の名前と実際の 人物が同じとは限らないわ。アタシはエヴァに乗れなくなったから、おそらく偽物もしく は同じ名前の人物が地球を滅ぼそうとするっていうことね。それも、最後の使徒とシンジ が刺し違えた後に。」 「そうなると、ゲンドウの息子がどうなるのかが気になるな。これから最後の使徒が現れ て、そいつと刺し違えるのか。アスカは気にならないか。」 「シンジなら簡単には死なないわ、大丈夫よ。それに、最後の使徒とやらが現れた時に、 シンジは戦死しましたって発表すればいいのよ。現に、渚だって一度は戦死したって発表 してるもの。」 「何かちょっと論点がずれているような気がするぞ、アスカ。」 「ううん、ずれてないわよ。シンジが戦死したって発表するでしょ。そうするとアタシの 偽物がエヴァに乗って現れる、そういう筋書きになるわ。そいつの目的は、『地球上のあ りとあらゆる生物を滅ぼさんとする』こと。多分、シンジが生きているうちは、敵わない から出て来ないでしょ。」 「そうだな。おそらく、アスカの言う理由でゲンドウの息子を死んだと発表する。それが 予言の内容だと考えればいいのか。そうなると、『地球に最後の審判が下る時』っていう のが最後まで気になるな。」 「おそらく、エヴァ同士の戦いになるだろうから、熾烈な戦いになると思うわ。だから、 『地球に最後の審判が下る時』っていう表現を使ったんじゃないかしら。いずれにせよ、 当面の敵であるイラクが片づいたとしても、次に使徒と戦って、最後に誰かがつくったエ ヴァと戦う。予言が正しければ、そういう筋書きのようね。」 「もしかしたら、イラクが使徒又はエヴァを兵器として使ってくるかもしれない。」 「そうなると厄介ね。でも、アタシは違うと思うわ。そんなのがあったら、テロ攻撃はし ないと思うから。」 「そうかもな。で、話は最初に戻る。ゼウスは、予言を信じていたため、アスカのことを 『蒼い瞳の戦士』だと思い込んでいた。このため、幼いアスカのことを抹殺しようとして 執拗に狙ってきた。アスカが生まれた時からだ。最初にアスカが生まれた病院が襲われ、 アスカとキョウコさん以外の者は皆殺しにされた。運良く私が間に合って、キョウコさん とアスカを助け出した。その後も何度も連中に襲撃されたが、運良く撃退出来た。何度か 警備に穴が開いたことがあったが、その時は何故か連中は襲っては来なかった。偶然だと 思っていたが、その時に碇シンジか葛城ミサトがアスカの近くにいた。」 「えっ、もしかして、シンジはアタシと会ったことがあるの。」 「ああ、アスカは覚えていないだろうが、ユイ博士がキョウコさんを訪れた時にな。」 「そうなんだ、へえっ。アタシとシンジが会ったことがあるとはね。」 アスカはなんだか不思議な気持ちになった。 「で、キョウコさんが死んだ頃、私はゼウスの情報を掴み、ドイツ近辺の連中の拠点を潰 していたんだ。そのため、アスカに会うことが出来なかった。だが、アスカの住まいを変 え、幼稚園に移ったのと、連中もアスカを襲うどころではなくなったから、アスカへの襲 撃は止まったんだ。」 「そうだったの。おじさまは、アタシのために戦ってくれていたのね。アタシのことを忘 れていたわけじゃなかったのね。」 「ああ、もちろんだ。アスカのことは、私の娘同然だと思っている。そのアスカのことを 忘れたりはしないさ。」 「嬉しいわ、おじさま。」 アスカは、にっこり微笑んだ。 「これが、私の知ることが出来た情報の全てだ。少しはお役に立てたかな。」 「ええ、とっても。これで、テロの黒幕がゼウスという組織だって確信出来たわ。」 「というと。」 「アレクサンドロスといえばマケドニアの王で、ギリシャの兵と共にペルシャを征服した わ。だから、ゼウスはマケドニアかギリシャを根拠地とした組織と考えられるわ。そして、 今回のテロの実行犯はギリシャ系かスラブ系の少女。これでつながりが見えてきたわ。」 「だが、敵の狙いはなんなんだ。」 「それはアタシにも分からないわ。でも、おそらくは世界征服が目的ね。アレクサンドロ スがなし得なかった世界征服を完成させようとしているのよ。」 「イラクは、その先兵か。確か、イラクもアレクサンドロスの帝国の一部だったな。」 「でも、イラクとゼウスの関係は分からないわ。でも、何らかの方法でゼウスの連中に操 られている可能性が高いわね。」 「そうなると、アスカは今後も襲われる可能性は高いな。」 「ええ、そうね。でも、シンジと一緒だと安全のようね。」 「アスカがエヴァに乗れないことを知れば、連中も襲っては来ないだろうに。」 「でも、彼らが知ることはないわ。知っても信じないでしょう。それに、何でアタシ以外 のパイロットを襲撃したか。それが分からないわ。イラクに表立って肩入れ出来ないから、 ネルフの戦力を減らすことを狙ったのかしら。」 「今は表立ってネルフに敵対する気はないが、いずれは事を構えるつもりなんだろうな。 それは、ゲンドウの息子が死んだ後で、『蒼い瞳の戦士』が現れた時か。ん、待てよ。も しかしたら、連中も気付いたのかもしれない。『蒼い瞳の戦士』が、アスカ以外のパイロ ットである可能性に。奴らは、蒼い瞳のパイロットを全て消すつもりか。」 「おじさま。それ、多分当りよ。蒼い瞳のパイロットは、特に厳重に警護するようにしな いとね。」 「後は、ゼウスの目的が知りたいな。連中の考えそうな選択肢はいくつかある。 『蒼い瞳の戦士』が現れた時、ゼウスが現れて倒す。その後ゼウスが世界を征服する。 『蒼い瞳の戦士』が現れる前に、ゼウスが世界を征服する。 それとも、イラクに世界を征服させ、ゼウスが裏から支配する。 そんなところか。」 「いずれにせよ、今は表には出たくないはずよ。そう思って、おじさまを呼んだの。」 「ん、どうしてだ。」 「おじさまを呼ぶとね、テロの黒幕が慌てると思ったのよ。だからね、アタシの筋書き通 りにいけば、イラクのテロリストの情報がネルフに入ってくるわ。」 「おいおい、話が見えないが。」 「おじさまがテロ防止の任務に就くとね、いずれアタシを襲おうとしている組織と今回の テロとの共通点に気付く、彼らはそう思うはずよ。それを防ぐためには、テロの危険はな くなったとアタシ達に思わせるしかないわ。そのためには、テロリストの情報をアタシ達 に残らず提供してくるはずよ。おそらく、本当に大事な情報を除いてね。でもね、それだ けでもアタシ達にとっては十分メリットがあるはずよ。」 「そうか、俺が呼ばれたのはそういう裏があった訳か。」 「当り前でしょ。話を聞くだけだったら、アタシがおじさまのところに行くだけで済むも の。そんな理由でもなくっちゃ、碇司令が承認しないわよ。」 「おいおい、それじゃあさっきの話は本当か。あの、葛城リョウジ君が言ったことは。」 「間違いないわ。アタシが直接碇司令から許可をもらったもの。第3新東京市の中だった ら、おじさまの行動は自由よ。」 「そうかあ、第3新東京市の中だけとはいえ、本当に自由の身になるのか。ありがとう、 アスカ。」 「いいってことよ。おじさまへの借りはまだまだたくさんあるもの。」 「で、話は変わるが、アスカはゲンドウの息子が好きなのか。」 いきなりシンジの話になって、アスカは吹いてしまった。 「ぶぶっ。なっ、何をいきなり。ま、まあ、一応好きよ。だって、婚約しているくらいだ もの。」 「アスカ、私には建前ではなく本当のことを言ってくれ。アスカもあのシンジ君のことを 好き、そうだね。」 「そ、それは、アタシにも良く分からないのよ。でも多分、そうかもしれない。」 「アスカのことだから、婚約する時にMAGIでシンジ君と結婚する確率を調べたんじゃ ないか。」 「よ、良く分かるわね。その通りよ。」 「で、結果は?」 「言わなくちゃ駄目?秘密にしておきたいんだけど。」 「私は、他の誰にも言わない。もちろん、シンジ君にもだ。信用してくれ。」 アスカは、う〜んとしばらく唸ったが、ようやく決心した。 「じゃあ、言うわ。本当に誰にも言わないでね。アタシ、婚約した時にドイツに帰還指令 が出ていたの。それを断る口実作りのためにシンジと婚約したんだけど、もしドイツに戻 ったら、シンジと結婚する確率は0%だったの。逆に、婚約した場合は、シンジと将来結 婚する可能性は80%だったのよ。」 「それでもアスカはシンジ君と婚約する方法を選んだんだな。それが、アスカの偽らざる 気持ちなんだな。」 「ち、違うわよ。こう考えたのよ。確率がゼロっていうことは、どちらかが死ぬことを暗 示しているんじゃないかって。だから、帰るに帰れなかったのよ。アタシが死ぬのは嫌だ し、シンジを見捨てるのも後味が悪いし。でもね、かなり迷ったのよ。シンジの子供を産 む確率も調べたら、こっちの方が90%で高かったから。」 「も、もしかして、アスカのお腹にはもう…。」 「そんな訳無いでしょ!冗談でも怒るわよ。シンジとは、まだそういうことはしていない わ。」 「まだということは、いつかはするつもりなんだな。」 「う、うん、まあ。そういう約束もしちゃったし。」 アスカの顔は、途端に赤くなった。カールは、思わず笑いそうになった。そんな約束まで しておきながら、好きかどうか分からないとは。アスカは恋愛には不器用なんだというこ とが、カールには分かった。 「そうか、分かった。アスカのために、アスカの未来の夫のために、私も力を尽くそう。 それでいいな。」 「お願いします、おじさま。」 こうして、アスカは力強い味方を得たのだった。なお、アスカの判断でゼウスの名前は、 カールとアスカだけの秘密とした。 そして、その後シンジ達を呼んで、謎の組織とテロ対策について、みんなで話し合った。 *** 「ねえアスカ。3番目の予言は、サードインパクトのことを言ってるんじゃないかなあ。」 みんなと別れた後、シンジがぼそっと言った。 「ど、どうしてそうなるのよ。」 アスカが聞くと、シンジは自信無さそうに言った。 「ううん、なんとなく。あの時初号機が出撃しなかったら、弐号機がサードインパクトを 起こしたんじゃないかなあって、そう思ったんだ。黒い悪魔っていうのを除けば、それで 説明がつくんじゃないかって思ったんだ。」 「ふうん、確かにその可能性もあるわね。予言の順番だって、起こる順番とは限らないし ね。」 「例えばさ、翻訳の間違いがあって、本当はこうだったんじゃないかな。 『地球に最後の審判が下る時、紫色の悪魔が舞い上がる。 悪魔は衣をまとって、紅い十字架となり、 地球上のありとあらゆる生物を滅ぼさんとするだろう。 紅い魔神を操りしは、蒼い瞳の戦士、 その名は、ソウリュウ・アスカ・ラングレー。 鬼神の如く戦う彼女は、神も悪魔も倒すだろう。』 ねっ、こうだとしっくりくるでしょ。最初は、サードインパクトのことで、次はアスカが 戦自と戦った時のことを言ってるんじゃないかなあ。」 シンジの言葉に、アスカの考えも揺れた。予言というのは、仮に正しかったとしても翻訳 や解釈の誤りがあって、元の予言の意味をそのまま伝えているとは限らないからだ。 「まあ、いいわ。シンジの言ってることが当たっていても、確かめる術はないのよ。だか ら、この話はおしまいね。」 アスカにはぐらかされて、シンジはちょっと不満げな顔をした。 (第94.5話へ)

(第95話へ)

(目次へ)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき  ようやく、ゼーレに続く敵組織の姿がおぼろげに見えてきました。果たして、これから アスカはどう戦うのか。敵の狙いは一体いずこに。  一方で、衝撃的な事実が明らかになりました。アスカがシンジの子供を産む確率が、な んと90%!とは。それを知っていながら、アスカはシンジと婚約したのです。もしも、 シンジがこの事実を知れば、飛び上がって喜ぶことでしょう。 2004.7.25  written by red-x