新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


第5部



第92話 おじさま

ある晩、アスカは小さい頃の夢を見た。 卒園式のその日、アスカ以外の子は多かれ少なかれ着飾っていたが、一人アスカだけは普 段着であった。そして、園児の後ろでは親達が卒園式の様子を見にやって来ていたが、ア スカの養父母は多忙を理由に欠席していた。 その卒園式の中、信じられないことが起きた。アスカの卒園証書だけが無かったのである。 「あら、アスカちゃんの分は忘れちゃったわ。後で送るから、それでいいわよね。」 今までも同じようないじめをアスカにしてきたその先生のことだ、おそらく卒園証書が送 られることはないだろう。はらわたが煮えくり返るような思いを抑えつつ、先生の言葉を、 アスカは唇を噛みしめて能面のような表情で聞くしかなかった。 だが、卒園式が終わった後にも、アスカには悲劇が待っていた。親達が部屋の外に出てい た時のことである。 「ようし、殴り納めだっ!やっちまえっ!」 誰かが言うと、みんなでアスカに襲いかかり殴りかかった。さんざん殴られたアスカが倒 れると、今度は女の子達がアスカを足蹴にした。 「ふん、アンタみたいな陰気な子はいらないのよっ!早く死んじゃえ!」 「人間のクズ!アンタなんかと同じ小学校に行くなんて、冗談じゃないわっ!」 「学校に行くの、止めなさいよねっ!来たらいじめるからねっ!」 アスカは、顔を押さえて蹴られるままにしていた。以前、反撃して相手に怪我をさせたこ とがあったのだが、養父母はアスカの言い分を聞かずに一方的にアスカを叱った。その上、 今度やったら家を追い出すと言われたため、それ以降アスカは一切反撃しなくなったのだ。 「よ〜し、こいつはブスで可哀相だから、水もしたたる良い女にしてやろうぜっ!」 女の子の蹴りが収まると、数人の男の子がアスカの襟首を掴み、園庭へとアスカを蹴り出 し、バケツ一杯の泥水をアスカにぶちまけた。 「はははっ。いいざまだぜ。」 「小学校に行ったらもっといじめてやるぜっ!覚悟しなっ!」 「ひっひっひっ、おっかしいの。」 最後にいらないおもちゃをアスカに投げつけて、みんなは去って行った。アスカは、周り に誰もいなくなったのを確認してから、ゆっくりと立ち上がり、帰り支度をした。 「あ〜、きったないわねえ。しっしっ。」 先生にも邪険にされて、アスカは追われるようにして幼稚園を去った。 「ちくしょう!ちくしょう!!ちくしょうっ!!!悔しいようっ!!!!」 アスカは心の中で悲痛な叫びをあげたが、健気にも涙を流さずに耐えたのだった。キョウ コが死んだ後、アスカは誓ったのだ。大好きなママが死んだ時にも涙を流さなかったのだ から、どんなに悲しくても、決して涙を流さないと。 幼稚園の出入口に着いた頃には、平常心を取り戻しつつあったが、いつもの迎えの者がな かなか来なかったため、アスカはそこで待つはめになった。ところが、30分以上待って いても、全く来る気配が無い。 (アタシ、とうとう見捨てられちゃったのかな…。) アスカは、訓練の成績がどんどん落ちていくアスカに見切りを付けた支部長が、アスカの 予備のチルドレンを選抜する決定を下したことを思い出した。 もし、予備のチルドレンの方が成績が良ければ、アスカは遠からずパイロットの座を追わ れるかもしれない。そうすると、今の生活が音をたてて崩れていくのだ。アスカは、自分 がいつか見捨てられるかもしれないという恐怖に怯える毎日を過ごしていたのだ。 (死にたい……。早くママのところに行きたい……。) アスカは、そんなことばかり考え続けていた。そうしたら、近くに止まっていた車から、 サングラスをかけた男が降りてきた。アスカはその男が迎えの男でないと分かると、顔を 背けて俯いた。 (あと、5分待とう。それでも誰も来なかったら、一人で帰ろう。そして、ママのところ に行こう…。) 小学校に行ってからも続くであろういじめのことを思い、アスカの心は暗く沈んでいた。 アスカの最後の心の拠り所であったパイロットの座も、このままでは追われるのは時間の 問題だった。 そうなると、ただでさえ辛く苦しいアスカの毎日は、さらに悲惨なものになっていくだろ う。そんなことになるのなら、いっそのことママのいる地獄に行こうと、アスカはそこま で思い詰めていた。 家では、アスカとは心の通わない養父母の顔色を伺いながら生活していたため、常に怯え、 心をすり減らしていた。 幼稚園では、先生も一緒になったいじめによって、アスカはいつも怯えて過ごさなければ ならなかった。 限界を遥かに超えた精神的な疲労がアスカの体調不良を招いていたが、ネルフでは、情け 容赦のない訓練が、アスカに僅かに残った体力気力を根こそぎ奪っていた。 それなのに、誰もアスカのことを守ってくれない、アスカの悩みを聞いてくれない。アス カのことを親身になって考えてくれるような人は誰もいなかったため、どんなにアスカが 辛く苦しい想いをしているのか、気付く者はいなかったのである。 このため、アスカは早く死にたいと願い、いつも死ぬことばかり考えるようになっていっ た。生きていても辛いことばかりで、どんなに頑張ってもアスカのことを心から誉めてく れる人、アスカのことを心配してくれる人がいなかったからだ。 アスカの命の火が消えなかったのは、アスカが幼くて、死ぬための手段を知らなかったか らにすぎなかったのだ。だが、最近アスカはようやくその方法を知った。車道や線路に急 に飛び出せばいいのだ。 (車にぶつかったら痛いだろうな。でも、直ぐにママのところに行けるよね。) アスカは何気なく近くに止まっている車の方を見た。すると、車から降りてきた男が視界 入ってきた。男は既にサングラスを外していた。 (あっ!あの人はっ!) アスカは、その男を見た瞬間、顔に驚愕の表情を浮かべた。それから、男の方に体を向け て目を大きく見開いて、じっくりと男の顔を見た。間違いない、小さい頃からアスカのガ ードをしていた、いつも優しかったカールのおじちゃまだ。ママが死んでから、会いたく ても、会いたくても、会えなかったカールのおじちゃまだ。 アスカの心の中では、大きな葛藤が起きた。もし、このカールのおじちゃまにも冷たくさ れたら、生きていても絶望しか残っていない。おそらく自分は生きてはいけないだろう。 でも、そんなことは絶対にないと信じたい。そして、アスカは意を決すると、消え入るよ うなか細い声でこう言った。 「おじちゃま……なの?」 男は、優しい顔をして頷いた。そうだ、間違いない。優しかったあのおじちゃまだ。この、 生き地獄のような日々から、自分を救いに来たに違いない。おじちゃまなら、きっと自分 の味方になってくれるに違いない。アスカは目に大粒の涙を浮かべ、体を震わせた。そし て、ついには涙が頬を伝うようになると、ゆっくりと歩き出した。 「おじちゃま、カールおじちゃま……なの?夢じゃ……ないの?」 「ああ、そうだよアスカ。カールだよ。」 その返事を聞いた瞬間、アスカはカールの胸に飛び込んだ。 「おじちゃま、おじちゃま。会いたかった、会いたかったよ…。」 そして、声を殺して泣き始めた。カールは、そんなアスカを優しく抱きしめたのだった。 *** 「アスカ!アスカ!一体どうしたの。」 シンジに起こされて、アスカは夢の世界から現実に戻った。 「ん、シンジ。どうしたのよ。」 アスカはまだ寝ぼけていた。 「なんだか、アスカがうなされていたみたいだったから…。」 「あっ、そうなの。う〜ん、そうかもしれない。小さい頃の夢を見ていたから。」 「そうか、やっぱり。アスカ、何か叫んでいたよ。ちくしょうとか、悔しいとか。」 「そうでしょうね。でも、最後の方は違ったはずよ。」 「そうだね。おじちゃま、おじちゃまって言ってたよ。例の、カールさんだっけ。」 シンジは、アスカからカールのことを散々聞いて知っていたのだ。キョウコの死後、アス カは住む場所が変わったため、仲のよい友達と離ればなれになり、新しい幼稚園では先生 も含めたみんなからいじめを受けるようになったのだ。 仲の良かった大人とも離ればなれになり、アスカの生活は一変した。とりわけ仲の良かっ たアスカのガード役のカールとも会えなくなり、アスカは長い間孤独だった。それが卒園 式の時にカールが現れ、アスカは孤独から抜け出せたのだ。 「うん、そうよ。あの幼稚園の卒園式の日、おじさまが来なかったら、アタシは多分、こ うして生きてはいないでしょうね。おじさまには、一生かかっても返しきれないほどの恩 があるのよ。」 僕もアスカの命を助けたことがあるんだけどと、シンジは喉まで出かかった言葉を飲み込 んだ。言えば、アスカはそれがどうしたと言うと思ったからだ。結局、思ったこととは別 の言葉が出た。 「アスカの大切な人なんだよね。ちょっと妬けるな。」 「何を言ってるのよ、シンジのくせに。そんなことを言うなんて、百年早いわよ。それに、 なによこの手は。」 アスカは、自分の左胸に触れていたシンジの右手をつかんだ。 「あれっ、一体どうしてなんだろう?おっかしいなあ。」 シンジは思いっきりとぼけた。 「まあいいわ、触るだけなら。今日は大目に見るわ。アタシのせいで、サツキに恨まれち ゃってるんですものね。」 「そ、そうだよ。あれからサツキさんてば、会うたびに僕を睨み付けるんだよ。まったく、 勘弁してほしいよ。」 そう、先日の会議で、アスカの言う通りに喋ったシンジだったのだが、ある発言がオペレ ーターの大井サツキの逆鱗に触れたため、それ以降は彼女からかなり恨まれているのであ った。 「えへへっ。ごめんね、シンジ。」 「ごめんじゃ駄目だよ。朝のキスを3回にするとかしてくれないと、割に合わないよ。」 「う〜ん、しょうがないわねえ。」 アスカは少し考えたが、まあいいかとOKを出した。 「えっ、ホント?やったねっ!」 無邪気に喜ぶシンジに、アスカは少し呆れながら苦笑いした。 「でも、お願いがあるの。後ろからアタシのことを抱きしめてほしいのよ。」 「う、うん、いいよ。お安いご用だよ。」 シンジは素早くアスカを横にすると、後ろから抱きしめた。 「そう、それでいいわ。」 アスカは、抱きしめられるとなぜか心が安らぐのだ。カールの夢を見た今は、特に抱きし めてもらいたい気分になる。でも、正面きって抱き合うと眠りにくいので、シンジに後ろ から抱きしめてもらうのである。 こうして、アスカはその日、安らかに眠ることができた。だが、シンジは興奮してなかな か眠れなかった。そして、アスカが寝入ると、アスカが起きない程度にそうっと胸をもみ もみして、とっても幸福な気分になった。 *** 翌日、学校が終わると直ぐにアスカとシンジはネルフに向かった。そして、アスカルーム へと直行した。そこには、先客がいた。ミサト、リョウジ、リツコ、それにカールである。 「お久しぶりですね、おじさま。お元気そうでなによりです。」 部屋に入ると、アスカは真っ先にカールに声をかけた。カールも笑顔でアスカを迎えた。 「ああ、アスカ。久しぶりだね。大きくなったなあ。それに、綺麗になった。」 「まあ、おじょうずですね。ありがとうございます。えっと、紹介します。こちらが私の フィアンセの碇シンジです。」 「碇シンジです。アスカが大変お世話になったそうで、感謝しています。」 シンジは、ペコリと頭を下げた。それを見て、アスカは続けた。 「他の3人とは、もう自己紹介の必要はないですよね。でも、少し補足します。葛城ミサ トは、1年ほど一緒に暮らしていて、私の姉がわりの人です。葛城リョウジは、ドイツで 私のガードをしていました。といっても、私のお兄さんのような人です。赤木リツコは、 私と暮らしています。結構頼りになるお姉さんです。そう、この場にいる人は、みんな私 の家族です。ですから、おじさまもそのつもりでいてください。」 「そうか、アスカの家族か。なら、私をここから逃がしてくれないかね。」 そう言って笑うカールに、リョウジが答えた。 「カールさん。あなたの新しい檻は、この第3新東京市です。ですから、その中なら自由 です。」 「あはははっ、冗談だよ。死刑囚のこの私に、そんな自由がある訳ないだろう。そんなこ とを、あの碇ゲンドウが許すわけがない。」 「カールさん、今の私の言葉は冗談ではありませんよ。心外ですな。ただし、条件があり ます。アスカのことを、見守ってやって下さい。」 「と言うと?」 「既にアスカには、普通に考えれば十分なガードがついています。ですが、既にお話した とおり、それでも安心とはいえません。そこで、やり方は自由ですが、アスカを何らかの 形で守っていただきたいのです。」 「ほう、それは何故かね。」 「どうやら、ゼーレとは異なる組織が暗躍しているようなのです。そして、その組織がア スカの命を狙ってくる可能性があります。」 「なんだって!」 リョウジの言葉に、カールの顔が強張った。 (第92.5話へ)

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき  アスカには、暗く悲惨な過去がありました。第1話でアスカが言っていたことは、演技 ではなく、アスカが本当に経験してきたことだったのです。幼い頃から想像を絶する過酷 な日々を過ごしてきたアスカにとって、シンジのような駄々っ子は嫌悪の対象になって当 然です。もし、シンジがマグマの中に落ちていくアスカを助けなかったら、シンジがおい しい料理を作らなかったら、シンジがアスカの言いなりの荷物持ちにならなかったら、ア スカは今でもシンジのことを憎んでいたかもしれません。 2004.6.25  written by red-x



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