新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ
第91.5話 昔の夢
男は、夢を見ていた。
「あれ、おかしいな?あの子は一体どこなんだろう?」
男は呟いた。戦場からドイツに戻ってきた男は、あの子のことが心配でネルフに会いに行
ったのだが、今は幼稚園に行っていると聞いて、あの子の幼稚園に来ていたのだ。
「しかし、久しぶりだな。」
あの子の母が死んでから、男は本格的に謎の組織−ゼウス−との戦闘に突入し、長いこと
ドイツから離れていた。だが、最近やっとドイツ近辺からゼウスの勢力を駆逐し、ようや
く束の間の休暇を取れたのだ。
あの子のことは心配ではあったが、任務中は連絡を取ることも難しく、あの子とはあの子
の母の死以来顔を合わせていなかった。そこで、ドイツに戻ると直ぐにネルフドイツ支部
に向かったのだが、あの子とは会えずに、ここ、幼稚園の側の路上で車に乗ってあの子が
幼稚園から出てくるのを待っていた。
「あの子は、大きくなっただろうな。前よりも可愛くなっただろうに、会うのが楽しみだ。
でも、忘れられていたらどうしようか。」
男は、長いことあの子に会っていなかったから、忘れられているかな、もしそうだったら
ショックだなと、呑気に考えていた。
「うん?あれは、一体どうしたんだ?」
だが、そんな男の目に驚くべき事件が映った。十人近い男の子が、一人の女の子に殴り掛
かっていったのだ。しかも、さんざん殴られたその女の子が倒れると、今度は女の子達が
その子を足蹴にし始めたのだ。
「酷いことするなあ。でも、何で誰も止めないんだ。」
男の脳裏には、いつも正義の味方を気取ったあの子の姿が目に焼きついていた。だから、
最初はあの子が止めるだろうと思っていたのだが、どうやらその気配はない。
「あの子、何で止めないんだ。あの子がいじめを見過ごすなんて、そんな馬鹿なことがあ
ってたまるか。まさか、ママが死んだから性格がねじ曲がってしまったのか。」
男は、あの子がいじめを見過ごすような子になってしまったのかと、暗い気持ちになった。
「でも、いくらなんでもいじめには加わっていないよな。」
男は目を凝らして見たが、どうやらあの子はいじめをしているグループには入っていない
ようだった。そのため、男は少しだけ安心した。
そのうち、女の子達の蹴りが収まると、数人の男の子が倒れている女の子の襟首を掴み、
園庭へと蹴り出し、バケツ一杯の泥水をぶちまけた。それから色々なものを投げつけて、
子供達は去って行った
「酷い…。子供とはいえ、度が過ぎている。あの子に言って、いじめを止めるように言っ
ておかなくっちゃな。」
だが、男には一抹の不安があった。あの子が果たして自分のことを覚えているだろうか。
覚えていたとして、自分の言うことを聞いてくれるだろうか。男はそんな不安を抱えなが
ら、あの子が幼稚園から出てくるのを待った。
だが、あの子はなかなか現れなかった。今日は、あの子を迎えに来る者がちょうど急用で
来れなくなったため、あの子は幼稚園の入口付近で待ち続けるしかない。だから、あの子
を見過ごすはずがなかったのだが。
「ま、まさか。」
男は、サングラスをかけて車の外に出て、幼稚園の入口へと歩いて行った。そこには、男
の知るあの子とは似ても似付かない、見すぼらしい少女が立っていた。
髪の毛はバサバサで乱れており、着古してぼろぼろの服を着て、肌はガサガサ、頬がこけ、
体は線が細いと言うよりもガリガリに痩せており、まるで骨と皮だけのような感じだった。
目は虚ろで死者の如く輝きを失い、おどおどした態度で周りをうかがっており、根暗な感
じでうっとおしい、そんな印象の少女だった。
(頼む、俺の勘が外れてくれ。)
男は半ば祈るような気持ちでその少女の方へと歩いて行った。その少女は、男を見ると顔
を背けてうつむいた。人の顔がまともに見れないようだ。男は、その少女から5メートル
ほど離れたところで立ち止まり、ゆっくりとサングラスを外した。
その少女は、しばらくするとチラリと男を見たが、見た瞬間、顔に驚愕の表情を浮かべた。
それから、男の方に体を向けて目を大きく見開いた。そして、消え入るようなか細い声で
こう言った。
「おじちゃま……なの?」
(ちくしょう、当たりかよっ!なんてこったっ!)
男が、激しく沸き起こる怒りを強引に押さえ込んで、優しい顔をして頷くと、その少女は
目に大粒の涙を浮かべ、体を震わせた。そして、ついには涙が頬を伝うようになると、そ
の少女はゆっくりと歩き出した。
「おじちゃま、おじちゃま……なの?夢じゃ……ないの?」
「ああ、そうだよ…。」
その返事を聞いた瞬間、その少女は男の胸に飛び込んだ。
「おじちゃま、おじちゃま。会いたかった、会いたかったよ…。」
そして、声を殺して泣き始めた。男は、そんな少女を優しく抱きしめたのだった。
***
「はっ!」
男はそこで目を覚ました。
「ふう、夢か。しかし、嫌なことを思い出してしまったな。」
そう、その夢は、過去にその男が実際に体験したことだったのだ。男の人生の中でも、ワ
ースト5に入るほどの嫌な思い出だった。
「あの子は、一体どうしているだろうか。元気でいるといいが…。」
男は物思いに耽ったが、それを邪魔する者が現れた。男の忠実な部下だった。
「…お客様です。どういたしましょうか。」
「客だと。そいつは死神か?」
「いえ、そうではないようです。可愛らしい少女が2人、ご一緒しています。」
「それはおかしいな。一体何の用なんだろうな。」
首を傾げながらも、男は素早く着替えて応接室へと向かった。
***
応接室には、30前後の男と、16歳前後の少女が2人待っていた。
「お待たせした。で、何の用ですかな。」
男が尋ねると、客の男は手を差し出した。
「私は、ネルフの諜報部長の葛城リョウジです。カールさんですね、初めまして。」
カールは、リョウジの差し出した手をしっかりと握った。握った感じでは、特に悪意は感
じられなかった。
「で、こんな離島に閉じ込められた死刑囚に何の用かね。」
カールの問いに、リョウジはにこやかに答えた。
「なに、もう少し広い檻に移ってもらいたいんですよ。」
「嫌だと言ったら、どうなるのかな。無理やり連れて行くのかね。」
カールの問いかけに、リョウジは困ったような顔をした。
「あなたが来ないと言うと、あなたのお気に入りの女の子が悲しい思いをするでしょう。
ですから、あなたは必ず来ると思います。」
「はあっ?私にお気に入りの女の子などいないがね。」
カールがとぼけると、それまで黙っていた少女達が口を開いた。
「あんまりですね。私達のことはお忘れですか。」
「そうですよ。カールさんは、お気に入りの女の子以外は名前を覚えないようですね。」
「えっ。ちょ、ちょっと待ってくれ。」
カールは、慌てて思い出そうとしたが、結局無理だった。
「駄目だ、思い出せない。降参だ。」
カールが両手を挙げると、少女達はクスクス笑った。
「まあ、いいでしょう。私は、カオル・クインシー。こっちはウィチタ・スケート。私達
は、あなたの頼みで、ある女の子を守るために小学校を転校したわ。そう言えば思い出せ
るでしょう。」
「あっ、あの時の子か。君たちには感謝しているよ。」
「思い出してくれましたか。」
カオルは笑ったが、ウィチタはど〜せアタシなんかどうでもいいのねと言って、ふてくさ
れた。さすがに、カールは苦笑するしかなかった。
「で、一体どうしたんだ?」
「また、あの子を助けて欲しいんです。あの子はあなたの助けを求めているんです。」
カオルの真剣な顔に、カールの顔も真面目なものになった。
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あとがき
カオル・クインシーとウィチタ・スケートは、二人ともラブリーエンジェルの一員です。
また、ウィチタはエヴァのパイロット研修生でもあります。
カールは、56話〜60話に登場しました。
2004.6.13 written by red-x