新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


第44話 ウイルス,アタック(前編)

「ホームページへのアクセスが,1800から,3億アクセスを超えましたっ!」 「メールも,1億通を超えていますっ!」 1900になった頃,発令所の新入りのオペレーター達が驚きの声を上げる。それを見ていた リツコは,頃合いと見て,マヤに指示を下した。 「マヤ,1930になったら,例のウイルスAをばら蒔くわよ。」 「はい,先輩。準備は出来ています。」 そう,今回の作戦の第一段階は,特殊なウイルスをばら蒔くことだった。 実は,これには伏線があった。3月2日からネルフのホームページにお知らせが載った。 それは,アスカの水着姿の写真データ10枚分と,アスカの下着姿の写真データ1枚分が 3月11日から期間限定で提供されるというものだった。詳細は,当日の1800から公開さ れるというのだ。 映画発売後,アスカは何回かテレビに出演し,本人の意に沿わない清楚で可愛らしい娘を 演じた。だが,これが大当たりだった。アスカの可愛らしさに,全世界の男共が夢中にな ったのだ。 写真のアスカも十分綺麗で可愛いのだが,やはりアスカの魅力はその明るさにある。静か に微笑みながらも明るく輝いているアスカ,時折地が出そうになり誤魔化そうとして舌を 出す可愛いアスカ,質問にテキパキと答えていく利発そうなアスカと,くるくる変わって いく表情も,アスカの魅力を増していく。 清楚さ,明るさ,可愛らしさを併せ持ち,しかも誰が見ても美しい素顔にほんのりと化粧 をしたアスカは,さらに美しく可憐であった。このため,アスカの人気は止まることを知 らず,それに伴いネルフのホームページへのアクセスは,天文学的な数字となっていた。 無論,アスカへのメールも凄まじい数になったのである。 そのアスカの水着姿の写真データと,あろうことか下着姿の写真データが手に入るという ことで,世の男共は,こぞってネルフのホームページに殺到したのである。 もちろん,男だけではない。友人や恋人に頼まれて止むなくアスカの写真データを得よう とする女性や,アスカに憧れる女性も少なからずいたのである。 こうして,ネルフのホームページに対するアクセスは,物凄い数になっていたが,アスカ の写真データを手に入れるのは楽ではなかった。 アクセスが多いことから,速度制限をしたため,写真データのダウンロードに1時間近く もかかるのだ。だが,大多数の者は,それにも係わらず根気よくネットに接続してダウン ロードに挑戦した。だが,それが罠だったのだ。 1時間もかけてダウンロードすると,次に『他の写真データもあります。ダウンロードし ますか?いいえを選ばなければ,自動的にダウンロードされます。』という表示が出るの だ。無論,誰もが何もせずに,さらにダウンロードを続けていく。こうして,結局は長時 間ネットに接続する破目になるのだ。 これだけ長いと,普通の人はパソコンから離れて何かしたり,又はパソコンゲームをやっ たりして,時間をつぶすだけでは足りなくなる。そこで,一晩パソコンを放置しておけば 自動的にダウンロードされるので,そのままにしておこうと思うのが普通であろう。 そこが今回の作戦の狙いだった。後で分かったことだが,最大で10億台を超えるパソコ ンが同時にネルフのホームページにアクセスしていたのだが,それらのパソコンを実質的 に乗っ取って使ってしまおうというのが,今回の作戦のポイントだったのだ。 そのために,1930をもって特殊なウイルスがばら蒔かれ,アクセスしてきたパソコンに巣 くっていく。そうして,世界中のパソコンが次々とMAGIの支配下に入っていくのだ。 なお,アスカは念には念を入れていた。写真データに透かし番号をランダムに入れて,後 で抽選し,当たった者には生写真をプレゼントすることにしたのだ。このため,アスカの 写真データをコピーして手に入れようとする者は大幅に減り,ネットに接続する者が増え たのだった。おそらく,1人で何台かのパソコンを駆使した者も多かっただろう。 また,日本国内においては,政府や関係企業に依頼して,なるべく多くのパソコンの電源 を入れておくように手配したのだ。無論,ネットに接続しているものであるが。 そして,2000には,第2段階に入ろうとしていた。 *** 「あれっ,何かおかしいぞ。」 「おい,どうしたんだ。」 「うん,何故か,コンピュータの調子がいつもと違うんだ。」 「と言うと?」 「何となく,いつもよりも処理速度が落ちているようなんだ。」 「なんだ,そんなことでいちいち騒ぐなよ。」 「うん,でも気になるんだが。」 「そんな下らないことで考え込んでいると,ボスにどやされるぞ。」 「げっ,そりゃあまずい。」 「だろ。いいから,仕事,仕事。」 スイス銀行のとあるオフィスで,このような会話が交わされていた。だが,実はこのよう な会話は,世界各地で行われていたのである。 処理速度が遅くなったのは,ウイルスの侵入を許してしまい,ウイルスの活動にコンピュ ータの処理能力が一部振り分けられたためであったのだ。 ***  2000になった頃,発令所は急に慌ただしくなった。 「スーパーコンピュータ『ランス』,ネットに接続します。」 「ネットへの接続を確認しました。」 「あと10秒で,ウイルスBをばら蒔きます。カウントten…,nine…,eight…,seven…, six…,five…,four…,three…,two…,one…,zero…,GO!」 「ウイルスBをネット内に放ちました。」 「ウイルスBがネット中のパソコンに食い込んでいきます。」 「MAGIからランスへと支配権を移行します。」 「攻撃目標は約100万か所。約5%の目標を落しました。」 「攻撃目標から,データ送信が始まりました。」 「ランスにデータが集まります。MAGIへデータ処理の20%を移します。」 オペレーター達がせわしなくキーボードを叩きながら状況を逐一報告していく。事情を知 らない者が見ると,何が起きているのか全く分からないが,こういうことである。 最初に救世主アスカのディスクにウイルスXを密かに入れておき,パソコンがディスクを 読み取った時にパソコン内に侵入するようにしておく。それも,誰も気付かないように, ひっそりと。 それをウイルスAによって,ウイルスXのプログラムを改変し,パソコンをリモートコン トロール可能な状態にする。 そして,ウイルスBにより,さらにウイルスXのプログラムを改変し,ランスの命令に従 って,狙ったコンピュータをハッキングするのだ。 今回の作戦は,目標数が非常に多い。だから,MAGI単体又はランス単体ではあまりに 荷が重かった。いくら優秀なコンピュータでも,同時に100万か所をハッキングするの は,あまりに困難だったのだ。 そこで,アスカが考え出したのが,今回の作戦である。ちゃっかりと世界中のパソコンを 利用して,目標のコンピュータをハッキングしていくのだ。しかも,ハッキングルートが 膨大な数で,攻撃者が多いため,ハッキングを受ける側にしても,防御が困難なのだ。 また,運の良いことに,救世主アスカを職場や学校のパソコンを使って見た者が結構多か ったらしい。今回の攻撃に先立って,ウイルスXは気付かれないように,密かに目標のコ ンピュータのうち,5割以上に事前に潜入することが出来たらしいのだ。 ウイルスXが事前に潜入していると,ハッキングを受けていることが分かりにくくなるの だ。その上,そのようなハッキングしやすいコンピュータを優先的に攻撃していくのだ。 目標を簡単にハッキング出来ると,攻撃目標は徐々に減っていき,残りの目標に対して, より多くの攻撃が集中出来る。攻撃が集中すると,落すのが楽になる。そうして,次々と 攻撃目標を落していくのだ。 本当なら,こんな面倒なことをしたくはなかった。ネルフのホームページからウイルスを ばら蒔けば済む話なのだが,仮にそのような手段を取ると,後で全世界からどのような反 感を買うか分からない。 そこで考え出されたのが,ウイルスA,B,Xである。ウイルスA,Bは,共に簡単なプ ログラムで,それ自体に攻撃性は無く,一見ウイルスとは分からない単なる写真データに 見せかけてある。だから,これをネルフのホームページからばら蒔いても,後で問題にな る可能性は少ないのだ。 その一見ウイルスらしからぬ,ウイルスA,Bは,ウイルスXにキーワードを与え,それ によってウイルスXは,それまでの眠りから目を覚まし,他のコンピュータへのハッキン グを開始するのだ。 この方法ならば,ネルフの仕業と怪しまれる心配は少ないし,短時間に多くのパソコンを 自由に操る事が出来るのだ。ウイルスXが仕込んでいないパソコンであっても,ウイルス Xの自動増殖機能によって,ちょっと時間はかかるが,徐々にウイルスXに感染していく のだ。 こうして,作戦開始より短時間で約1億台のパソコンがネルフの支配下に入り,その後も 徐々にそれは増えていくのだ。そして,ハッキングを開始していく。 ハッキングに成功すると,中のデータを根こそぎ頂いて,ランスとMAGIがそのデータ を解析する。そして,攻撃目標を増やしたり,ハッキングしにくいコンピュータを攻撃す る材料として利用するのだ。場合によっては,中のデータを改ざんしたりもする。 今回の作戦の第一目標は,ゼーレに関する情報の収集であった。とにかく,敵の情報が無 くては不利である。得られる情報によっては,敵を社会的に葬り去ることや,寝返らせる ことも不可能ではないだろう。 次の目標は,世界の著名な人物の個人情報の収集であった。ゼーレに対して協力する人物 は星の数ほどいるだろうが,誰が協力者なのか,はっきりとした情報は無かった。それで は誰が味方なのか分からない。それに白黒を付けるための情報収集なのだ。 だが,これ以外に,アスカしか知らない目標があった。それは,ゼーレ及びその関連企業 の金融資産の情報である。この金融資産を何らかの手段で凍結したりして,相手に使えな いようにすれば,敵は遠からず干上がるはずなのだ。アスカは,ゼーレを兵糧攻めにしよ うと考えたのである。 *** 「どう,リツコ。状況は?」 2100になると,アスカは発令所のリツコに状況を尋ねた。 「予想よりも早いわね。攻撃目標の30%が落ちているわ。」 「そう,ゼーレには気付かれていないわよね。」 「ええ,そんな兆候は無いわ。」 「こちらもそうよ。さっきまで,敵の軍事力を分析していたんけど,特に目立った動きは 無かったわ。まだ気付かれていないようね。」 「ミサトは何してるの?」 「加持さんと一緒に,敵が市内に潜入して来ないかどうか見張っているわ。」 「一応,真面目に働いているのね?」 「まあね。でも,気は抜けないわ。ゼーレのことだから,何を仕掛けて来るのか分からな いものね。」 「エヴァの方はどうなの?」 「今し方,待機要員が変わった所よ。もっとも,今回は出番が無いでしょうね。」 「そう願いたいわね。」 「じゃあ,攻撃目標が10%を切ったら教えてね。アタシは少し仮眠するから。」 「ええ,良いわ。でも,あと2〜3時間位よ。」 「それ位で十分よ。アタシは若いもの。」 「あっ,そう。良かったわね。」 その瞬間,リツコのこめかみが,少しだけヒクヒクしたのをアスカは見逃さなかった。 (歳のことを言ったのは,ちょっとまずかったわね。) だが,もう手遅れだった。 *** (さあてと,シンジは何してるかな。) アスカは,気を取り直し,モニタを切り換えて,シンジの姿を映した。すると,暫くして, 渚カヲルが入ってきた。 (あれっ?何か話すのかしら。) アスカは聞き耳を立てた。 「シンジ君,今交代したよ。」 おそらく,トウジとケンスケの班と交代したのだろう。 「おつかれさま,カヲル君。」 「シンジ君は,何をしているんだい。」 「ああ,作戦の進行状況を見ているんだよ。」 「そうかい,うまくいってるかい?」 「うん,さっきリツコさんが話しているのを聞いたよ。予想以上にうまくいっているらし いよ。」 「そうかい,良かったね。」 「そうだ,カヲル君に聞きたいことがあったんだ。綾波のことなんだけど,何か知らない かなあ。もし,知っていたら教えて欲しいんだけど。」 (うん,何ですって!シンジったら,何でそんなことを聞くのよっ!) アスカは,今まで懸命に作業していた疲れもあったため,非常に機嫌が悪かった。そのた め,シンジがレイのことを気にかけていることを知って,頭に血が上ってしまった。だが, シンジがそんなことに気付く訳がない。このため,会話はさらに続く。 「悪いけど,あまり覚えていないんだ。ただ,何かを伝えるように頼まれたような気がす るんだけどね。」 「そうか。やっぱりそうだよね。綾波も夢の中で言っていた。カヲル君は記憶を失ってい るかもしれないって。」 (何っ!誰の夢を見てるのよっ!このアタシ以外の女の夢を見るなんてっ!全く,あった まにくるわねっ!) アスカの頬は盛大に膨らんでいた。 「でも,綾波さんはまだ戻って来ないような気がする。」 「えっ,どうしてなの,カヲル君。」 「もし,こちらに来れるんなら,僕と一緒に来るはずじゃあないか。そうは思わないかい, シンジ君。」 そう言ってカヲルは笑みを浮かべた。そして,さらに続けて言った。 「シンジ君。あまり綾波さんのことを言うと,愛しの姫君がむくれるんじゃないかい。」 その瞬間,シンジが恐る恐るモニタを見た。アスカは,思いっきり頬を膨らませて,シン ジを睨み付けた。そのため,シンジの顔が今にも泣きそうな顔になった。 (ふん!この浮気者!) アスカは,もう一度シンジを睨み付けた。 (第44.5話へ)

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき  第14話から着々と進んできたS作戦も,大詰めを迎えました。気付いてみれば,作戦 の立案から実行までに30話もかかっていたんですね。 タイムスケジュール      発令所      アスカ達     加持・ミサト  シンジ達    3月11日(金) 1800 作戦開始     ゼーレの戦力分析 傭兵達との連絡  カヲルとアリオスが                      市内の警戒    待機 1930 ウイルスAを蒔く 2000 ウイルスBを蒔く    ハッキング開始 2100 攻撃目標の30% アスカ仮眠    市内の警戒    トウジとケンスケが    が落ちる                       待機 2002.6.30  written by red-x



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