新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ
第45話 ウイルス,アタック(中編)
「アスカっ!起きて!」
「う〜ん,なによ〜っ。良い気持ちで寝てるのに,シンジったら。」
「あら,愛しのシンジ君じゃなくて残念ね。」
「えっ。あっ,リ,リツコ。」
(げっ。やっば〜っ。)
アスカは慌てて飛び起きた。近くで加持とミサトがニヤニヤと笑っている。アスカの顔は,
瞬く間に真っ赤になった。
「どうしたのよ,アスカ。まだ寝ていなさいよ。さっきみたいに,『シンジ,キスしてく
れなきゃ起きないわよっ!』って言えば。」
ミサトはからかうような口調で言う。
「ア,アタシがそんなこと言う訳ないでしょ。」
アスカが反論したが,ミサトはまだ笑っている。だが,救いの声が聞こえた。
「ミサトさん!そんな嘘を言うなら,僕にも考えがありますよっ!」
モニタの一つにシンジの顔が映った。
「あっ,ごめ〜ん,シンちゃん。ちょっとアスカをからかっただけなのよん。」
「じゃあ,僕と関係無い話題にして下さい。今度やったら,エビチュは全部捨てますから
ねっ。これは冗談じゃないですよっ!」
言うだけ言うと,シンジの顔がモニタから消えた。ミサトはアスカの冷たい視線を感じた
が,すっとぼけた。リツコもくすくす笑いながら去って行った。
***
「マリア,ミリア,ミンメイ,サーシャ。皆準備は良いわね。」
「ええ。」
「ああ。」
「はい。」
「は〜い。」
時は2400。いわゆる深夜0時だ。結局,アスカの体調を心配したリツコが,少し起こすの
を遅らせた為,既に攻撃目標の95%が落ちていた。
「質問は何かあるかしら?」
アスカは皆を見渡したが,特に無いようだ。
「良い?じゃあ,久々に行くわよっ!ミラクル5の力を見せてやるのよっ!」
「「「「おおっ!」」」」
威勢が良いが,可愛らしい雄叫びが響いた。そして,皆自分の目の前にあるモニタを見つ
める。
「良い?アタシが指示する攻撃目標から,一切合切データを引き出して,うまくばれない
ように書き換えるのよ。良いわね?マリアはフランスより西のヨーロッパ方面をお願い。」
「ええ,任せて。」
「ミンメイはアジア方面をお願いするわ。」
「ええ,分かったわ。」
「ミリアはアメリカ方面をお願い。」
「ああ,分かった。」
「サーシャはフランスより東のヨーロッパ方面をお願い。」
「は〜い。」
「アタシはスイス銀行を攻めるわ。the sleeping thief operation second stage start!」
「「「「Ok,Boss!」」」」
こうして,アスカの合図によって,5人の少女達は世界各地の攻撃目標へのハッキングを
開始した。
(よ〜し,必ず成功させてみせるわ。)
アスカは強く意気込んでいた。というのも,この作戦は,ネルフで知っているのはアスカ
ただ一人であった。要は,ゲンドウや冬月にも報告していない,秘密作戦だったのだ。シ
ンジにだけは,『司令達に内緒の作戦がある。』とおぼろげに伝えてあるが。
この作戦は,非合法なものであるため,ネルフの誰にも言えなかったのだ。無論,手足と
なって働くサグやワイルドウルフらの組織の者達にも目的その他は一切秘密にしてあるし,
万一何かあった場合は,自分一人で罪を被るつもりでいたからだ。
(でも,絶対に成功させてみせる。絶対に。)
アスカは強く誓った。
***
「あっ,アスカ達の作戦が始まったみたいだ。それじゃあ,僕も始めなきゃ。」
シンジは現在エヴァの中で待機しているが,回線をつないで,ゼーレの動きを監視するこ
とになっている。と言っても,ケンスケが主にゼーレ側と見られる軍隊の動きを監視して
いるので,シンジはケンスケ,加持,ミサトから得られる情報を整理するだけである。
加持は引き続き市内各所の傭兵部隊のまとめ役をしている。何かが起きたら,直ぐに知ら
せが来ることになっている。ミサトは加持の手伝いをしたり,リツコの端末から情報を回
してもらって,作戦の進行状況の確認をしている。また,ネットを通じてゼーレからの反
撃がないかどうかも,一応可能な限り監視はしている。
シンジはそれらの情報を絶えず受け取っており,自分なりに整理するのだ。場合によって
は,何か怪しい兆候を見付けた時点で出撃することもあり得る。ゼーレからの攻撃を受け
てから出撃しても,手遅れになる可能性があるからだ。
だが,今のところは特に変わった気配は無い。
「このまま,攻撃が無ければ良いんだけどね。」
シンジはポツリと呟いた。
***
0100になっても,発令所はまだ慌ただしかった。落ちていない攻撃目標は1%を切り,
約千か所になった。だが,これからが大変である。残りの攻撃目標数こそ減ったが,難度
の高い攻撃目標ばかりであるからだ。
だが,その時,マヤが驚きの声を上げた。
「先輩,攻撃目標のうち,いくつかは既に第三者の攻撃を受けています。」
「えっ,どれどれ。」
リツコはモニタを覗き込むが,安堵の声をあげた。
「ああ,これはアスカ達の仕業よ。大丈夫,話は聞いているわ。」
「えっ,でも勝手にそんなことをして良いんですか。」
リツコはどう答えようか迷った。まさか,アスカが今回の作戦の責任者とは言えない。そ
れを知っているのは,ゲンドウ,冬月,リツコ,シンジの4人だけだからだ。加持やミサ
トにまで秘密にしているのに,マヤに言えるわけがない。
「アスカは,副司令から特命を受けているの。だから,詮索しないで。」
結局嘘をつくしかなかったが,マヤはそれ以上尋ねるようなことはしなかった。だが,当
のリツコも『the sleeping thief operation』のことは知らなかったのである。
0530になると,4時間の休憩が宣言された。作戦はまだまだ続くし,全くの休憩無しでは
体が持たないからだ。依然,ネット内ではウイルスが飛び交っているが,攻撃目標へのハ
ッキングは一休みである。
これは,トウジとケンスケの待機時間と密接に絡んでいた。実戦経験の無い二人が待機し
ている時に敵の攻撃を受けると非常に都合が悪い。そのため,二人の待機時間の前後30
分を挟んで,計4時間は休憩タイムとなったのだ。
仮眠室へ行く者,その場で眠る者,様々であったが,発令所はその動きを止めた。その間
は,冬月やゲンドウも仮眠を取っている。
アスカ達も例外では無い。5人とも,さっさと臨時仮眠スペース,即ち諜報部副部長室へ
となだれ込み,短い睡眠タイムとなった。入れ替わりに,それまで仮眠していた加持が起
きて,ミサトと交代する。こうして,ネルフ本部は束の間の休みに入った。
***
0930になると,再び攻撃開始である。発令所もにわかに慌ただしくなった。
「マヤ,そろそろ起きて。」
「ふぁ〜い,せんぱ〜い。」
マヤは目をこすりながら起き上がった。他の女性陣と同じく,仮眠室でマヤは寝ていた。
「先に行くわよ。来る前に涎を拭いた方が良いわね。」
「は,はい。」
慌てて口の周りを拭いて,恥ずかしさのあまり,一気に目が覚めるマヤであった。
その後,顔を洗って発令所に向かったが,その途中でシゲルと出くわした。むろん,シゲ
ルが待ち伏せていたのだが,マヤはそんなことには気付かない。
「やあ,おはよう,マヤちゃん。」
「おはようございます,シゲルさん。」
「どうだい,調子は?」
「先輩が一緒なので,ばっちりですよ。」
そう言って,マヤは微笑んだ。久々にリツコとべったりできたので,物凄く嬉しいのだろ
う。お邪魔虫のアスカもいなくて,『もう,さいこ〜っ!』と言いたくなるような気分で
あろう。
「そうかい,良かったね。」
「いえ,シゲルさんのお蔭です。」
そう言ってマヤはシゲルの手を握った。実は,マヤも加わった作戦会議では,リツコはア
スカと一緒にハッキングをする予定だった。そこで,マヤは会議の席で猛反対したのだ。
だが,アスカには相手にされず,リツコもアスカの言いなりだったので,一旦はあきらめ
た。
だが,あきらめきれないマヤは,会議の後でアスカに頭を下げたが,全然相手にされなか
った。それでもあきらめられないマヤは,その後シゲルに頼み込んでもう一度アスカにお
願いすることにしたのである。
シゲルは,『一応お願いするけど,あまり当てにしないで欲しいな。』と言っていたので,
半ばあきらめかけていたのだが,結果はOKだった。マヤはそれを聞いて,思わずシゲル
に抱きついてしまった。それほどマヤは嬉しかったのである。
「本当にありがとうございました。あの時のお礼は必ずしますから。」
マヤはそう言うなり辺りを見渡して,誰もいないことを確認すると,シゲルの頬に『チュ
ッ。』とした。
「あっ。」
驚くシゲルにマヤは笑って言った。
「今はこれで勘弁してくださいね〜っ。」
去っていくマヤを見ながら,シゲルは呆然とした。
「マ,マヤちゃんがキスしてくれた。」
シゲルは,嬉しさのあまり,涎をたらしそうになった。
***
「アスカ,僕だよ,シンジだよ。おはようのキスをしてよ。」
「う〜ん,しょうがないわねえ。」
アスカは目を瞑ったままキスをしたが,これが大失敗だった。何故かいつもと感触が違う
のだ。驚いてアスカが目を開けると,目の前にはサーシャの顔があった。
「な,な,な,何なのよっ!」
アスカはうろたえた。
「何言っているんですか。いきなりキスしてきたのは,惣流さんですよ。」
周りでは,皆が口を押さえ,腹を抱えている。
「あんたらは〜っ。」
アスカは睨み付けたが,あまり効果は無かったようだ。
「アスカったら,可愛い〜っ。」
マリアがついに笑い出した。
「むうっ。アンタね。声色を真似たのは。」
アスカはようやく何が起きたのか理解した。おそらくマリアがシンジの声色を真似て,サ
ーシャがアスカの顔の前に顔を近付けたのだろう。そこで,アスカはサーシャだと気付か
なくて,いつもと同じようにキスをしてしまったという訳だ。
「『アスカ,おはようのキスをしてよ。』」
「『うん,良いわよ。いつも通り,たっぷりとね。』」
今度はミリアとミンメイがシンジとアスカの声色を真似てふざけだした。そして,キスの
真似事も。
「あっ,そう。そういうことをするのね,アンタ達は。」
アスカは眉をつり上げた。そして,いきなり端末を叩き出した。すると,モニタにミリア
とマックスが仲良く手をつないでいる画像が大写しになった。
「あっ,こっ,これはっ!」
ミリアの顔は蒼白になった。
「他にも一杯あるから,皆で見ましょうか。後で,他の人にも見てもらおうかしら。」
「ご,ごめんなさい。許してっ!」
ミリアはさっきまで別人のように,アスカにぺこぺこと謝りだした。ミリアとマックスは
まだ恋人同士ではなく,その一歩手前の微妙な関係だったのだ。だから,ミリアがマック
スに好意を抱いていることは,皆には秘密にしてきたし,変に第三者にからかわれて,マ
ックスとの関係が悪化するのは嫌だったのだ。
「じゃあ,今度は誰にしようかしら。」
アスカが周りを見渡すと,皆一様に怯えた顔をしている。皆,他人には知られたくないこ
とが,一つや二つあるのだろう。
「アスカ,私達,友達よねっ。だから許してねっ。」
マリアは真っ先に深々と頭を下げて謝った。
「ごめんなさい。ちょっとした出来心なんです。」
サーシャも怯えた顔で頭を下げる。ミンメイも同様だ。
「今度,こんなことをしたら許さないからね。もちろん,今の出来事は誰にも言わないこ
と。良いわねっ!」
アスカのキツイ目に,逆らえる者はいなかった。
***
「マヤ,作戦は次の段階へ移るわよ。」
「はい,先輩。」
リツコは次の段階への移行を宣言した。今回の作戦の第1目標である,ゼーレに関する情
報の収集は一区切りついたため,仮眠している間に情報の分析を行ったのだ。その結果,
ゼーレの構成員に関するデータベースが作成された。
これで,ゼーレの全貌とまではいかなくとも,尻尾を掴むことは出来た。ゼーレの構成員
の一覧には,信じられないような有名人や,某国の首相や政府高官の名前も載っていた。
次の段階は,このデータベースを基に,彼らの悪事の数々を証拠とともに暴き出すのだ。
最終的には,ゼーレ幹部の一覧と,その悪事の内容・証拠などをメールで全世界にばら蒔
く予定だ。
その前に,ゲンドウ及び諜報部の幹部達が切り崩し工作を行う。今回は,ゼーレを叩きの
めす必要は無い。ネルフに対する攻撃を回避出来さえすれば良いのだから,少しでも多く
のゼーレ幹部や構成員を味方に引き込むことは,非常に有益なことだった。
特に,作戦を立案したアスカの基本的なスタンスは,戦いさえ回避出来ればゼーレが存続
しても一向に構わない,ゼーレ幹部の責任を問う必要は無い,ということだったため,そ
のスタンスに沿った切り崩し工作はかなりの効果があった。
特に効果があり,かつ,最も力を注いだのは,軍関係者の切り崩しだった。彼らは,多か
れ少なかれ,すねに傷持つ者が多かった。このため,過去の出来事を全て全世界に公開す
るか,ネルフへの敵対行為を即刻止めるか,二者択一をするようにとの脅しに,多くの者
が屈したのだった。
こうして,某国の艦船は,重大な事故が発生したため,最寄りの港に向かうことになった
し,某国の潜水艦も,機器に異状が発見されたため,本国へと急遽戻ることになった。こ
うして,様々な理由を付けて日本へ向かっていた艦船が,進路を日本から外したのだった。
むろん,一部の者は脅しに屈しなかったが,そのような者を中心に,さらなる情報収集が
続けられた。
(第46話へ)
(目次へ)
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あとがき
今の所,作戦は順調です。このままうまくいくでしょうか。
タイムスケジュール
発令所 アスカ達 加持・ミサト シンジ達
3月11日(金)
1800 作戦開始 ゼーレの戦力分析 傭兵達との連絡 カヲルとアリオスが
市内の警戒 待機
1930 ウイルスAを蒔く
2000 ウイルスBを蒔く
ハッキング開始
2100 攻撃目標の30% アスカ仮眠 市内の警戒 トウジとケンスケが
が落ちる 待機
2400 アスカ起床
3月12日(土)
0000 攻撃目標の95% sleeping thief 市内の警戒 シンジとマックスが
が落ちる 作戦開始 待機
0300 市内の警戒 カヲルとアリオスが
待機
0530 休憩・仮眠 休憩・仮眠
0600 市内の警戒 トウジとケンスケが
待機
0900 市内の警戒 シンジとマックスが
待機
0930 休憩・仮眠終了 休憩・仮眠終了
切り崩し工作開始
2002.7.7 written by red-x