新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


第32話 決戦!第壱中学校(中編3)


 アスカは,ラブリーエンジェルのメンバーを前にして,胸を張り手を腰に当てて立って いた。アスカの耳に聞こえる銃撃の音,鼻に感じる硝煙の匂い,いずれもアスカにとって, 久しぶりのものだった。 (ああ,アタシは帰ってきたんだ。この硝煙の匂い,銃撃の音,なにもかも懐かしい感じ がするわ。戦場に再び足を踏み入れることになるとは思わなかったけど,みんな,アタシ は決して逃げたりしないよっ!一緒に戦うんだっ!) アスカは,心の中で力強く叫んでいた。そして,過去の自分を思い出していた。 ***  アスカは,幼い頃から,父親の知れない子として周りの大人から蔑まれ,子供達からは 想像を絶するいじめを受け続け,唯一の味方であるはずの母からは殺されかけたりという, 辛く苦しい日々を唇を噛みしめて耐え抜いてきた。 そのうえ,母親が目の前で首を吊っている場面を目撃し,それでいて決して心がねじ曲が ったりせず,人類の未来を賭けて戦うために,心も体もぼろぼろになりながらも,歯を食 いしばって厳しい訓練に耐えてきた。 訓練に付いていけなかったら,パイロットから降ろされたら,自分は見捨てられるかもし れないという恐怖と孤独に怯え続ける毎日を過ごすという,まさに生き地獄のような日々 に耐えながらも,決して負けない,決してくじけない,決して逃げたりしないと誓って, 常に前向きに頑張ってきたのだ。 そんなアスカに,幸運の女神は微笑まず,さらなる地獄の試練が待ち受けていた。アスカ が12歳の時に,何の手違いか,いきなり一人で戦場に放り出されたのだ。周りは敵だら けで,銃弾が雨あられと降り注がれる,そんな過酷な運命が待っていたのだ。 だが,アスカは,くじけなかった。将来現れるだろう使徒と戦うために,どんなことをし てでも生き抜くことを決意し,心を鬼にして戦い続けたのだ。泥水をすすって渇きを癒し, 空腹に耐えながら戦い,奇跡的に勝利を収め,生き残ったのだ。 そんな忍耐と戦いの日々を送ってきたアスカの過去を,ラブリーエンジェルのメンバーは 知らない。アスカは,決して人前では弱音を吐かないからだ。だが,皆アスカのことを心 の底から信頼していた。 戦場という極限状態では,安いメッキはすぐに剥げてしまう。だが,アスカの勇気と,熱 意と,心意気が本物であることは,徐々に周りの者の知るところになった。 どんな苦しい時でも,どんなに辛い時でも,アスカは決して諦めたりしない。太陽の如く 輝く笑顔と陽気な言葉で仲間をいつも鼓舞するのだ。何度,仲間達は心を救われたことか。 『大丈夫よっ!このアタシが付いているからねっ!』『このアタシに任せなさいっ!』 その言葉に,何度仲間達は勇気を振り絞ることが出来たことか。 今ここにいるメンバーの多くは,アスカに一度ならずとも命を救われたことがある。アス カは,危機に陥った仲間を決して見捨てるようなことはしなかった。たとえ,どんなに絶 望的な状況であろうとも,アスカは仲間を最後まで助ける努力を惜しまなかったのだ。 そんなアスカを,次第に仲間達は慕い,信頼を寄せるようになっていった。そして,命を 預け合う仲間のみが共有する信頼感が芽生えていったのだ。 アスカは,その信頼に応えるべく,今まで戦ってきたし,これからも戦い続けるだろう。 それを知るからこそ,ラブリーエンジェルの少女達は,アスカの登場を願っていたし,そ の努力に裏打ちされた実力を疑う者はいなかった。 そんなアスカは,ラブリーエンジェルにとって,希望の光であり,最後の頼みの綱なので ある。だから,アスカが現れたことによって,ブルー達は,心の底から喜んでいた。 *** 「お久しぶり!みんなしぶといねっ。まだくたばってなかったのかい。」 レッドことアスカは,唇に笑みを浮かべていた。 「はん,アタシ達が簡単にくたばるものかい。ゴキブリよりも生命力は強いのさっ。」 「やっぱり,レッドなんだね。」 「やっぱり,あんたがいなきゃ,ラブリーエンジェルじゃないよ。」 「あんたがいれば,百人力さ。」 「良く言うよ。レッドが来るって聞くまでは,遺書を書くなんて言ってた奴がよ。」 「ちょっと,それは言わない約束よ。」 「だれが約束したのさっ。」 急にその場が賑やかになった。 「おっと,お喋りはここまでっ!アタシが来たからには,敵に好き勝手はさせないよっ! いいねっ!」 「おい,ちょっと待て。お前は誰だ。」 それまで黙っていたジャッジマンが,割り込んできた。声は荒く,どうやら怒っているよ うだ。ジャッジマンはレッドを睨み付けた。目と口しか出していないマスクのせいで,ア スカだとは分からないようだ。もちろん,アスカがわざと声色を変えているせいもあるが。 「アタシは,ワイルドウルフの紅い狼さ。これから,黒竜部隊と戦うのさ。アンタは,こ いつを守ってるんだ。分かったかい?」 「何だ,こいつは!」 「そいつは,碇シンジさ。質問は無し!これから10分後に作戦開始!良いねっ!」 「何だとっ!」 「はん!ここは,アタシらに任せるんだよ!あんな奴ら,直ぐに蹴散らしてやるさ。」 アスカはそう言って,ブルー達を引き連れて行った。シンジも駆け出したため,止むなく ジャッジマンも後を追う破目になった。 *** (ハウレーンは大丈夫だったわよね。) 戦場に向かうアスカは,ハウレーンのことを考えていた。アスカとシンジは,本物のカヲ ルを見極めている間に,正に息の根を止められる寸前のハウレーンを見つけたのだ。そし て,シンジが声をかけて注意をそらし,その間にアスカがハウレーンを助け出したのだ。 その後,アスカは,怪我人を助けるのが先だと主張したため,カヲルは後回しにして,彼 女を助けることにしたのだ。そして,最初はアスカが背中に血まみれのハウレーンを背負 っていたのだが,途中でシンジも加わり,アスカと二人で肩に担いで運んで行った。 運んだ先は,中学校だ。保健室に寝かせて,後のことは電話でシンジからマックスやミリ アに頼ませた。そして,運ぶ途中で,カヲルを助けるための作戦を,シンジへ色々と聞か せたのだ。 戦場に向かってしばらく進むと,運の良いことに,ヘリが見えたので,近寄って行った。 電話でヘリを呼び出すと,そのヘリがたった今ラブリーエンジェルを運んできたばかりだ ということが分かったため,ハウレーンの運搬を,ヘリに頼むことにした。 こうして,アスカ達は,ラブリーエンジェルやジャッジマンと合流することになったのだ。 (シンジ…。) アスカは,続けてシンジのことも思い出していた。 (シンジは,あの歌を聞いて,どう思ったんだろう。) アスカは,さっきシンジに自分が良く歌っていた歌を聞かせたのだ。その歌は,アスカの ママが好きだった歌の替え歌で,アスカは良く口ずさんでいた。 その歌は,アスカのこれまでの人生を凝縮したような歌だった。それを歌うことによって, アスカは辛かった過去と,幼かった頃の誓い,すなわち『アタシがエヴァに乗って戦い, 人類の未来を切り開いてみせる。』を思い出して,どんな辛い事にも耐えてきたのだ。 (また,歌おうかな。) アスカは,シンジに聞かせた歌を,小さな声で,仲間にも聞こえないように口ずさんだ。 そして,再び辛かった過去の日々を思い出していた。 *** 「ママには首を絞められて〜 大人に陰口叩かれて〜      子供はいじめの雨嵐〜 殴られ蹴られて〜 つねられた〜 あ〜あ アタシの人生真っ暗ね〜 生きるの辛い毎日よ〜 必ずいつかは見返すと〜 唇かみしめ〜 耐えたのよ〜 ………………………………………………………………… 」 (あの頃は,本当に辛かったな。) アスカは,この歌を歌うと,幼かった頃を思い出す。どんなに辛いことがあっても,この 歌を歌えば,あの頃の方がもっと辛かったと,自分を励ますことが出来るのだ。 「………………………………………………………………… 大きくなったら人類の〜 未来を賭けて〜 戦って〜 ママの願いを知ってから〜 生きる支えが〜 出来たのよ〜 あ〜あ アタシの人生真っ暗ね〜 寝る間も惜しんで頑張って〜 地獄をもたらす使徒どもと〜 この身を捨てても〜 戦うよ〜 」 (そう,アタシは,ママの願いをかなえるために生きてきたのよね。) ある日,偶然見つけたママの日記に書かれていた言葉が,アスカの生きる支えとなった。 『私の大好きな娘,アスカ。大きくなったら,人類の未来を賭けて戦って。人類が,希望 に満ちた明日(あす)という日を迎えるために。そして,どんなに辛い事があっても,明 日を信じて,強く生きて欲しい。そう願いを込めて,私は大好きなあなたの名前をアスカ と名付けたの。』 それを見た時,アスカは,思いっきり泣いた。何度も何度も泣いた。アスカは,その時, 生まれて初めて,母の愛というものを知ったのだ。 アスカはママに心から詫びた。それまでのアスカは,ママに嫌われていたかもしれないと 思っていたからだ。そして,固く誓った。ママのためにも,絶対に負けない,くじけない, 死ぬ気で頑張ると。そして,大きくなったら必ずエヴァに乗って,使徒どもと戦うと。 それまでのアスカは,早く死にたいと願い,いつも死ぬことばかり考えていた。生きてい ても辛いことばかりで,どんなに頑張ってもアスカのことを心から誉めてくれる人,アス カのことを心配してくれる人がいなかったからだ。アスカの命の火が消えなかったのは, アスカが幼くて,死ぬための手段を知らなかったからにすぎなかった。 だが,その日を境にアスカは大きく変わった。ママの願いをかなえてみせる,それが自分 を愛してくれたママに応える唯一の手段であると考えるようになったのだ。それが,アス カの唯一の生きる支えになったのだ。 この歌を歌うと,その時の悲壮な決意を思い出し,どんなことあっても,負けない,くじ けない,死ぬ気で頑張るという勇気が湧いてくるのだ。 「いきなり空から落されて〜 気付けば周りは敵だらけ〜 鉛の弾が雨あられ〜 死ぬのは嫌よと〜 戦った〜 あ〜あ アタシの人生真っ暗ね〜 どんどん湧き出る敵兵士〜 気付けば体は血まみれよ〜 これは夢よと〜 嘆いたの〜 ………………………………………………………………… 」 (アタシは,あれで傭兵になったのよね。あんなことさえ無ければ…。) アスカは,この歌を歌うと,初めて戦場で戦った時のことを思い出す。どんなに苦しい戦 況でも,この歌を歌えば,あの頃の方がもっと苦しい状況だったと,希望を持つことが出 来るのだ。 「………………………………………………………………… ちっちゃな頃から生き地獄〜 12で悪魔と呼ばれたよ〜 敵の中に突っ込んで〜 近寄る者皆〜 切り裂いた〜 あ〜あ アタシの人生真っ暗ね〜 心は荒んでいくばかり〜 良い子になろうとしてたのに〜 どこで歯車〜 狂ったの〜 ………………………………………………………………… 」 (アタシは,12で敵から悪魔って呼ばれたのよね。それが,神の使いの使徒と戦ったな んて,笑っちゃうわよね。) アスカは,この歌を歌うと,12歳の時に敵の兵士から悪魔と罵られたことを思い出す。 だが,敵からどんなに罵声を浴びても,この歌を歌えばあの時の方がもっと悲しかったと, もっと辛かったと,自分を慰めることが出来るのだ。 「………………………………………………………………… たとえこの身を裂かれても〜 地獄の業火に焼かれても〜 決して逃げずに戦うよ〜 それがアタシの〜 生きざまよ〜   あ〜あ アタシの人生真っ暗ね〜 いっつも損な役だけど〜 仲間を守るためならば〜 命を捨てても〜 惜しくない〜 あ〜あ アタシの人生真っ暗よ〜 だけどアタシは逃げないよ〜 誰かがアタシの身代わりに〜 地獄に落ちて〜 しまうから〜」 (そうよ,アタシは,惣流・アスカ・ラングレーなのよ。アタシは,決して負けない,決 してくじけない,決して逃げたりしない。たとえ,どんなことがあっても,仲間は見捨て ない。それが,ママに誓ったアタシの生きざま。この誓いは,決して破ったりはしないわ。 そう,決して…。) アスカは,そう心に誓うと,拳を強く握りしめた。 *** 「おい,レッドウルフ!あと2分で撤収だぞ!」 「ああ,分かっている。でも,このまま逃げるのは,しゃくじゃないか。」 レッドウルフ達,レッドアタッカーズは,必死に黒竜部隊の足止めをしていた。だが,敵 にはどのような武器も通じなかったため,大した足止めにはならなかった。 「しかし,一体誰がくい止めるんだ。」 レッドウルフが呟いた時,ラブリーエンジェルが到着した。レッドウルフは,ブルーに促 されて,その戦場から離脱した。 「いいかいっ。フォーメンションZでいくよ。」 アスカは,小声で皆に指令を出した。そして,一斉にレッドアタッカーズが撤収すると同 時に風のように動きだした。 (いたっ!) アスカの目は,一人目の獲物を捉えていた。 (頼むから,効いてよね。) アスカは,試作品のアンチATフィールド発生装置のスイッチを入れると,茂みを利用し て敵の真横に音も無く忍び寄り,敵の腹に思いっきり体重の乗ったパンチを叩き込んだ。 「ぐうっ!」 敵が腹を抱えると,側頭部に強烈な回し蹴りを炸裂させた。 「ううっ。」 敵は地にはいつくばった。しかし,他のメンバーがうまく他の敵の気をそらしているため, 他の敵には気付かれなかったようだ。 (良し。こいつに麻酔を打ち込んでと。) アスカは,巨象でも一発で眠らせるほどの強力な麻酔を打ち込んだ。そうして,次の獲物 を探して辺りを見回した。 次の獲物は,直ぐに見つかった。アスカは,再び音もなく近寄ると,敵の顎に強烈なアッ パーを打ち込もうとした。だが,オレンジ色の光が遮った。 (こんちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!) アスカは,渾身の力を込めて,敵のボディにパンチをぶち込んだ。だが,またもやオレン ジ色の光に阻まれ,敵はニヤリと笑った。 (ちくしょうっ!通じないなんてっ!本当にやばいっ!) アスカは唇を噛んだ。やはり,試作品のためか,頼みの綱のアンチATフィールド発生装 置が通用しなかったのだ。だが,絶望的な状況に陥っても,アスカの闘志は衰えなかった。 (ふん,やるじゃないの。だけど,アタシは逃げないよっ!) アスカは,どんな絶望的な状況でも,決して逃げない,負けない,くじけないのだ。そう, アスカは,誇り高き戦士なのだから。今,アスカが逃げ出せば,仲間達が皆殺しにされる ことが分かっているから,アスカは僅かな勝利の可能性に賭けるのである。 (シンジに,絶対に生きてもう一度,会ってみせる。絶対に…。そのためにも,アタシは 必ず勝ってみせる。) アスカの脳裏には,シンジの優しそうな顔が浮かんでいた。 (あんな弱虫でも,使徒と戦って勝ったんだ。アタシは,シンジよりもずっと強いんだ。 そのアタシが,絶対に負ける訳にはいかないのよっ!) 誇り高き狼のように,どんな強い敵に対しても,決して怯まない。それがアスカなのだ。 どんなに絶望的な状況であろうとも,アスカの目は,まだ輝きを失っていなかった。 (第33話へ)

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――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  アスカがエヴァにこだわったのは,それが生きる支えだったから。負けず嫌いだったの は,負けが死に直結する傭兵だったから。シンジのことを嫌っていたのは,シンジが逃げ てばかりいたので,決して仲間を見捨てない主義のアスカにすれば,許せなかったから。 これまでの他のSSでのアスカとは,違った解釈にしました。その分,シンジがへっぽこ になってしまいましたが。   2002.4.7  written by red-x



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