新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ
こんなに近くでプロポーズの瞬間を見ることが出来るなんて。プロポーズされるなんて
ちょっとうらやましいな。えっ、シンジ。あいつがそんなことするかしら。
第19話 プロポーズ
朝、アスカの着替えの時に、急にシンジから声をかけてきた。
「ねえ、アスカ。変なメールが届いたんだけど。」
「うん、なあに。」
「ミサトさんをネルフの病院の302号室で寝かせておくようにって言う内容なんだ。そ
うすれば、ミサトさんの記憶が戻る可能性があるって言うんだ。アスカはどう思う。」
「その内容なら、ミサトに危害が及ばないから、言う通りにしてもいいんじゃない。もし
かしたら、ミサトの知り合いが来て、何かしてくれるかもしれないし。駄目で元々ってい
う気持ちで、アタシは賛成するわ。今のままじゃあ、進展は無いもの。」
「そうだね。駄目で元々だよね。でも、僕は、今日の午前中は用事があるから、トウジに
頼むよ。だから、アスカも一緒に行って欲しいんだ。」
(ああ、そうか。今日からシンジは軍事教練が始まるものね。)
アスカは、昨日のゲンドウの言葉を思い出した。
「ええ、いいわよ。じゃあ、また大勢でぞろぞろと行くわね。」
「そうだね。頼むよ、アスカ。僕も、午後から行くから。」
そんな会話をしていたら、玄関のチャイムが鳴った。ユキがやって来たのだ。今日は、ヒ
カリやトウジやケンスケも一緒だった。
***
「…と言う訳で、トウジ、頼むよ。皆もお願いします。」
シンジは、トウジ達に、ミサトをネルフの病院に連れて行くことをお願いした。情報元が
はっきりしないため、トウジは難色を示した。だが、ミサトの表情が暗くなったことに気
付いたケンスケが賛成したことから、アスカが賛成にまわり、ユキとヒカリが同調した。
このため、結局シンジの提案通り、ミサトを病院に連れて行くことになった。
「まあ、良いってことよ。ミサトはんの記憶が戻るかもしれないし。」
トウジは笑って言う。
「そうそう。でも、僕と恋人になってくれないのは辛いけどね。」
ケンスケは、本気かどうか分からないことを言う。
「そう言うことだから、シンジは心配しないで行ってらっしゃい。」
「うん、アスカ、それにみんな、行ってきます。」
そう言って、シンジは朝食後、急いで出かけて行った。残る者達も、食後のコーヒーや紅
茶を飲み終わると、ネルフへと出かけて行った。今日も留守番のユキを除いてだが。
***
昼食は、ネルフの食堂だった。皆でワイワイやっていると、ケンスケが皆に映画撮影の
協力を依頼してきた。
「実は、ミサトさんがご臨終っていうシーンを撮りたいと思ったんだけど、この際だから
協力してくれないか。」
ケンスケの話では、ミサトが死んで、皆が涙を流すシーンを撮りたいのだという。最初は
ミサトも嫌がったが、ケンスケの語った『映画の中で死ぬ人は長生きするという迷信があ
る。』ということを信じたのか、結局OKした。
ケンスケの説明では、ミサトの恋人役のエキストラが1名病室に入ってきて、ミサトの死
を嘆くというものだった。リツコが医師の役、ヒカリが看護婦の役だ。
ケンスケの合図と共に、ミサトの顔に白い布がかけられ、シンジ、アスカ、トウジがミサ
トにすがってすすり泣いた。
その時、急にドアが開き、一人の男が入ってきた。
「か、葛城…。ま、まさか…。」
「残念ですが、つい今し方、葛城ミサトさんは、お亡くなりになりました。」
リツコが小さな声で言うと、看護婦役のヒカリは嗚咽をもらし、うっすらと涙を流した。
「な、なんてこった…。うおおおおっ。」
男は大声で叫び、シンジ達を押し退け、ミサトの側に寄って行った。
「お前が死んで、やっと分かるなんて…。俺は、大馬鹿だ。葛城、俺はお前のことを、心
から愛していたんだ。ちくしょう!俺は、そんなことも分からなかったなんて。葛城、俺
が悪かった。頼む、生き返ってくれ!お前を愛しているんだ。!」
男は、とても演技とは思えないほど、泣きじゃくり、肩を震わせた。
その時、アスカが急に叫んだ。
「あっ、心電図が動いたわ。先生!ミサトさんは、生き返るかもしれません。」
その声に、男は、ハッとして顔を上げる。その顔は、涙でくしゃくしゃだった。
「そ、そんな。有り得ないわ。死んだ人が生き返るなんて。」
リツコは取り乱して叫ぶ。
「急いで人工呼吸をすれば、助かるかもしれません。」
アスカの言葉に、男は即座に反応し、人工呼吸を始めた。何度も何度も。何度目かの人工
呼吸の後、ミサトの目が開かれた。
「かつらぎ!」
男は大声で叫んだ。
「か、かじなの…。」
ミサトの目は涙で潤んでいる。
「かつらぎ!」
男は、尚も大声で叫んだ。
「もう、どこにもいかないで…。」
ミサトの目も涙でくしゃくしゃだった。
「もう、離すもんか。葛城、結婚してくれ。俺は、お前のことを愛しているんだ。」
それを聞いたミサトの目は、大きく見開かれたが、すぐに小さな声で返事をした。
「うん…。うれしい…。」
ミサトの顔は、真っ赤だった。
「パチパチパチパチ…」
誰かが、拍手を始めた。すると、それが部屋中に広がっていった。病室の中は、幸せな雰
囲気に包まれていった。ただ一人、泣いているふりをして、腹を抱えて笑っていたアスカ
を除いてのことだが。
***
加持のプロポーズの1時間後、皆はネルフの食堂に居た。ミサトは、加持の横で少し顔
を赤らめながらも、微笑んでいた。まわりの皆も、ニコニコしていた。
「やあ、お恥ずかしい所を見せちまったな。シンジ君にはやられたよ。俺は、本当に葛城
が死んだと思ってしまったよ。」
「すみません。今朝、メールが来て、言う通りにすれば、ミサトさんの記憶が戻る可能性
が高いというものでしたから。でも、まさか加持さんが来るとは。」
「ははは。一体誰だい。そんなお節介をする人は。」
「ジャッジマンというペンネームだったと思います。」
「何っ。それは本当かっ。」
加持は驚いたように、目を見開いた。
「ええ。加持さんのお友達なんですか?」
「まあ、そんなもんだ。お節介焼きのな。」
そう言うと、加持は肩をすくめた。
「でも、良かったわよね。シンジのお蔭で、ミサトの記憶が一部とはいえ、戻ったんだか
ら。加持さんも、シンジに感謝しないとね。」
アスカは、ニヤニヤしながら言う。
「そうだな。シンジ君には感謝しないとな。」
「か、加持さん。目が笑っていないんですけど。」
「そうか?俺は、シンジ君には感謝してるぞ。いつか、この借りは、絶対返すけどな。」
そう言う加持の目は、確かに笑っていなかった。人前で、あんな恥ずかしい事をする破目
になったのだから、無理もないが。
「シンちゃん、私は感謝してるわ。少しだけど、記憶が戻ったし、加持とようやく結婚出
来そうだし。シンちゃんがいなかったら、私は加持のことを思い出せなかったかもしれな
いもの。本当にありがとう、シンちゃん。」
ミサトは、幸せそうな笑顔を浮かべて、シンジを見た。
「まっ、葛城がそう言うなら、俺としても素直に感謝しないとな。ありがとうシンジ君。
大きな借りが出来てしまったな。」
加持はそう言って、頭を掻いた。
「でも、加持さん、今まで何してたのよ。」
アスカが疑問を投げかけた。
「まあ、それはおいおいな。ちょっと、単独行動をしていたのさ。」
加持は、笑ってごまかした。
「まあ、良いわ。でも、これからどうするの。もちろん、ミサトと一緒に暮らすんでしょ
うね。」
「いきなりそれはまずいだろう。でも、当面は、葛城と同じマンションで暮らすよ。問題
は、いつ結婚するかだな。準備やら何やらで、どれ位かかるか。葛城の希望もあるだろう
し、記憶が完全に戻ってからにした方が良いかもしれないし。」
「ミサトはどうしたいの。」
アスカは、今度はミサトに振った。
「う〜ん、良く分からないけど、あんまり待ちたくないのよね〜。」
ミサトは、元のキャラクターを取り戻しつつあるようで、以前の話し方に近い言い方にな
っている。
「じゃあ、3月の下旬はどう。春休み中なら、学校に影響は無いし。」
「えっ、学校って、どういうことだい、アスカ。」
「加持さん。ミサトさんは、僕らの学校に出向するんですよ。」
シンジの言葉を聞いた加持は、見事に固まってしまった。
その後、ゲンドウにあいさつをした方が良いという話になり、二人は連れ立ってゲンドウ
の所へと向かった。加持帰還と、二人が結婚するという報告である。そして、皆その場で
解散となった。トウジはリハビリで、ヒカリはその手伝い。ケンスケは、シナリオ作りの
ために、一旦帰宅。リツコは、ネルフの執務室の整理。アスカとシンジは、昨日の作業の
続きをするため、アスカの執務室である副部長室へと向かった。
***
アスカは、作業をしながらも、これからどうするのかを考えていた。昨日の夜、睡眠時
間を削ってまで考えたが、ドイツに帰らなくてもすむ良い方法は無かった。だが、先程の
ミサト達を見て、アスカはある方法を思いついていた。だが、それにはシンジの協力が必
要なのだ。それでアスカは頭を悩ませていた。
(シンジは、一体何て言うのかしら。やっぱり怒るかな。)
アスカは迷った。言うべきか、言わざるべきか。だが、アスカは、シンジが傷付くのを恐
れて、決断出来なかった。そんなアスカに、珍しくシンジの方から声をかけてきた。
「ねえ、アスカ。今日はちょっと寄り道したいんだけど。」
シンジは心なしか、思い詰めたような顔をしていた。
「ええ、いいわよ。でも、何処へ行くのよ。」
アスカは、シンジの顔が気になったが、どうせすぐ分かるだろうと思い、気軽に返事した。
「うん、ちょっとね。」
シンジははぐらかした。
(あら、一体何かしら。)
アスカは考えたが、シンジの意図は分からなかった。
(まあ、いいわ。アタシも言うことがあるし。)
アスカは、シンジの誘いに乗ることにした。
***
シンジは、アスカを郊外の公園に連れ出した。もう既に日は暮れており、星が見えるよ
うな時間だった。シンジは、空を見上げながら、唐突に尋ねてきた。
「ねえ、アスカ。星は何で輝くと思う。」
「はあ、シンジったら、そんなことを言うために、アタシを連れ出したの。」
(なによ、シンジったら。そんな下らない話をするために来たんじゃないのに。むうっ。)
「うん、そうだよアスカ。僕は星を見ると、いつも何故星が輝くのか、疑問に思うんだ。
それで、アスカがどう思うのか、聞きたいんだ。」
「科学的に言えば燃えているからでしょう。燃えると言っても、核融合でしょうけど。」
(なに、コイツ。変なことを聞くわね。)
「そうだよね。燃えているんだよね。僕は思うんだ。星は、燃えているから綺麗なんだっ
て。人も同じじゃないかな。頑張って燃えている人は、輝いて綺麗なんだよ。いつか言っ
たかもしれないけど、僕は小さな頃から星が好きだった。その理由が、やっと分かったん
だよ。」
「ふ〜ん、シンジは星が好きだったんだ。」
(こいつったら、何を言いたいのかしら。)
「うん。僕は最近、やっと星が好きな理由に気付いたんだ。でも、もう一つ気付いたこと
があるんだ。星と同じように、輝いている人が好きなんだって。だから、僕はアスカのこ
とが好きになったんだって。」
「な、なに言ってるのよ、急に。恥ずかしいじゃない。」
アスカの顔は、真っ赤になった。
「急にこんなことを言って驚くかもしれないけど、僕はアスカと会わなければ、何も努力
しないで、輝きを失うところだったと思うんだ。でも、僕はアスカと出会って、輝きたい
と思うようになった。でも、情けないけど、アスカがいなきゃ駄目なんだ。アスカが側に
居ないと、僕はどうやって輝いたらいいのか、分からなくなるんだ。僕には、アスカが必
要なんだ。」
「シンジ…。」
(えっ、この展開は、もしかして、もしかすると…。)
「アスカ。僕は、アスカにドイツに行って欲しくない。僕は、アスカのことが大好きなん
だ。僕は、アスカのために輝きたい。だから、僕の側に居て欲しい。アスカ。結婚して欲
しい。」
シンジの顔は、いつになく真剣だった。
「…。」
(えっ。アタシ、プロポーズされているの。シンジが…。嘘でしょ。)
「もちろん、今すぐというのは、無理だって分かっている。だから、今は何も言わずに、
この指輪を受け取って欲しい。」
シンジは、いつの間にかダイヤの指輪を手にしていた。いわゆるエンゲージリングだ。
「アスカ。頼む。これを受け取って欲しい。」
「駄目よ。受け取れないわ。」
アスカは、首を横に振る。
「アスカ。お願いだ。受け取って欲しい。好きなんだ。」
「ううん、アタシは、シンジの気持ちを受ける資格がないの。アタシは、シンジのことを
利用することしか考えていない、悪い女なの。シンジに言えない秘密を一杯持ってるし、
性格も悪いし、気が強いし、家事も出来ないし、高慢ちきだし、どうしようもない女なの。
今日もドイツに帰りたくないから、シンジと婚約した振りでもして、帰るのを断ろうなん
て思っていたの。シンジの気持ちなんて、これっぽっちも考えてなかった。アタシは、自
分のことしか考えない最低女なの。だから、シンジの気持ちは受けられないのよ。」
「それでもいい。正直に言ってくれてありがとう。僕はそんなアスカが好きになっちゃっ
たんだ。だから、お願いだよ。」
「アタシは、気が変わったら、シンジのことをポイって捨てちゃうかもしれないのよ。」
「それでもいいよ。」
「アタシは、シンジのことを好きじゃないかも知れないのよ。」
「それでもいいよ。」
「アタシは、凶暴で、気が強くて、わがままなのよ。」
「それでもいいよ。」
「アタシは、最低な女なのよ。」
「それでもいいよ。」
「何で、何で…。何でシンジはそんなに優しいの。」
「決まっているじゃないか。アスカのことを…心から愛しているからだよ。」
「シンジ、本当にいいの。アタシは、婚約の振りをすることしか考えていないのよ。いわ
ば、偽りの婚約なのよ。それでもいいの?」
「今はそれでいいよ。いつか、アスカには、もう一度プロポーズするよ。それまでは、偽
り…。いや、偽りというのは嫌だから、仮初めの婚約ということでいいよ。」
「仮初めね…。分かったわ。そこまで言うのなら、シンジの気持ちを受けることにするわ。
今のアタシは、正直言って余裕が無いの。悪夢のせいもあるし、自分の気持ちが整理出来
ないの。だから、シンジの気持ちに応えることが出来ないの。でも、勘違いしないで。シ
ンジのことは嫌いじゃないし、どちらかと言うと好きだと思うの。けれども、家族として
好きなのか、男として好きなのか、好きという以上の感情があるかどうかが分からないの
よ。そう遠くないうちに答えを出すようにするわ。いつかきっと。でも、今はあくまでも
仮の婚約よ。それでいいのなら。」
そう言うと、アスカは左手を差し出した。その薬指に、シンジはゆっくりと指輪をはめた。
「アスカ、愛してる…。」
シンジの顔が、アスカに近づいていく。
「シンジ…。ごめんね、わがままばかり言って…。許してね。」
そう言いながらも、アスカは目を閉じる。
こうして、長いキスが始まった。
***
キスの後、二人の顔は真っ赤になって、口を開けずにいた。だが、ようやくアスカが口
を開いた。
「ねえ、シンジ。今日は洒落たレスランで食事でもしない。」
(今日は、何か気分が良いのよね。たまには、二人っきりでデートしてもいいかなあなん
て思うのよねえ。)
アスカの気分はいつになく高揚していた。アスカといえども、女の子である。プロポーズ
されて、嬉しくない筈がない。今の高揚した気分を維持したいと思うのは自然であったし、
そのためには、家に帰るのではなくて、洒落たレストランで食事して、良い気分になりた
いと思ったのであった。
だが、シンジは何故か慌てた様子で断ってきた。
「で、でも、今日は色々あったし、家で食べようよ。」
アスカは、何かピーンと来た。
「シンジ、何か隠しているでしょう。正直に言いなさいよ。」
(何か、怪しいわね。)
アスカが険しい顔をすると、シンジは観念したように白状した。
「実は、トウジに、今日アスカにプロポーズすることは、話してあるんだ。だから、今頃
は、お祝いの準備をしているかもしれないんだ。だから、家で食べようよ。」
そう言って、頭を掻いた。
「えええええええええええええええええええええっ!」
アスカは、見事に固まってしまった。
(告白することなんて、他人にペラペラ喋ることじゃないのに、シンジったら何考えてん
の!あったまきたわ、許せないわね。)
アスカは、顔を真っ赤にして怒り、唐突に指輪を外し、シンジに突き返した。
「これは返すわ。よりによって、鈴原なんかに言うなんて、頭に来るわ。」
アスカはそう言って、シンジを睨み付けた。シンジは呆然とした。シンジは、天国から地
獄へ落ちた様な、そんな気持ちだったに違いない。
(第19.5話へ)
(第20話へ)
(目次へ)
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あとがき
ようやく、シンジはアスカにプロポーズします。アスカを一途に思うシンジに対して、
心の傷が癒えずに、はっきりとした気持ちが分からないアスカ。シンジは、アスカの心が
固まるまで待つつもりでしたが、アスカのドイツ帰還を防ぐため、大勝負に出ることにし
ます。結果は、吉と出たのですが、やっぱりシンジです。最後の詰めが甘いです。
2002.1.6 written by red-x