新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ
第19.5話 守る理由
暗い部屋の中で、一人の男が画面を見つめていた。その画面には、初老の男が写ってい た。男は、彼のことを『盟主』と呼んでいた。 「盟主様。」 「何だ。」 「惣流・アスカ・ラングレーから、連絡が入りました。」 「で、内容は?」 「惣流・キョウコ・ツエッペリンの件ですが、かなり時間がかかると。現時点では、生死 の確認まで至らないとのことです。」 「何っ。それでは、生きているかもしれないと言うことか。」 「その点については、分からないとしか言いようがないそうです。これには、かなり深い 裏がありそうです。」 「そうか…。で、他に何か言っていなかったか。」 「はっ。他のパイロットの警備をして欲しいとのことでした。今のネルフでは、パイロッ トの警備には不安があるとのことです。どういたしましょうか。」 「いいだろう。言う通りにしてやれ。だが、中学校の中までは難しいぞ。」 「それについては、彼女が手筈を整えるそうです。」 「分かった。で、第3新東京市のガードはどうなっている?」 「はっ。サードインパクト以降、10を超える組織が侵入を図っていますが、全て水際で 撃退しています。特に最近では、MAGIのサポートがあるため、こちらに被害は殆どと 言っていいほど出ていません。」 「いいだろう。これからもその調子で頼む。」 「ただ、これには、惣流・アスカ・ラングレーから要望がありまして。」 「何だ。」 「あと一月後には、侵入を試みる敵対組織が質量共に激増するとのことで、これに対処し てほしいとのことでした。」 「ふうむ、では、レッドアタッカーズを使うとするか。」 「良いのですか。彼らとジャッジマンとの間で、一悶着あったと聞いていますが。特に、 レッドウルフとの間に。」 「彼もプロだ。心配は無用だ。それよりも、2月中に送り込むから、手配するのだ。」 「はっ。でも、これだけのことをする価値があるのでしょうか。かかる経費も膨大なもの になります。我が組織にとって、どのような利点があるのでしょうか。」 「これは、我が組織にとって、大きな賭だ。我々がネルフに加担すれば、ネルフはゼーレ に勝つ可能性がある。そうなった時、ネルフは非公開とはいえ、表の組織だから、裏世界 を纏めることは出来ない。そこで、我々の出番となるわけだ。その時の利益は計り知れな いだろう。これまでに要した費用など、たかが知れている。」 「なるほど。」 「ネルフが我々を公認するとも思えんが、黙認ぐらいはしてくれるだろう。だが、それだ けでは心もとない。だから、エヴァのパイロットとの信頼関係を築いておく必要がある。 エヴァのパイロットとの信頼関係が深ければ、他の組織への睨みも利くだろう。」 「そこが分からないのですが。何故、エヴァのパイロットとの信頼関係が必要なのでしょ うか。」 「何故、エヴァが他国から軽んじられているのか、知っているだろう。」 「ええ、あれは局地戦以外に使えませんから。電源ケーブル無しでは5分しか動けないん じゃあ、兵器としては使い物になりません。」 「その弱点が無くなるとしたら。」 「ええっ!ま、まさか。」 「使徒が来てから、他の組織は引き揚げていったから、あまり知られていないが、エヴァ は電源ケーブル無しで動いたこともあるのだ。」 「!」 「今後、エヴァは無敵の兵器となるだろう。そして、パイロットの重要性はますます高ま るだろう。敵対する組織や国に対して、エヴァを送り込むぞという脅しが利くだろう。」 「ですが、そううまく言うことを聞いてくれるでしょうか。」 「『演習』を行う場所くらいは、我々の言う通りにしてくれるだろうよ。」 「た、確かに、それ位なら大丈夫でしょう。」 「だが、そのためには、彼らの機嫌を損ねることがあってはならんのだ。分かるな。特に、 碇シンジは、人が傷付くのを嫌うという。だから、その点は最大限に気を遣う必要がある。 そのためには、並の傭兵では駄目だ。」 「それは分かりました。でも、なぜ、惣流・アスカ・ラングレーなのですか。」 「いくら何でも、ネルフ総司令の息子は言うことを聞かないだろう。それに、綾波レイは 行方不明と聞く。鈴原トウジでは役不足だ。」 「消去法ですか。私からすると、あのように頭が切れすぎる相手は苦手なのですが。」 「だが、彼女は人を裏切ることはないだろう。過去の経歴を調べたが、彼女は今まで一度 たりとも、自分から人を裏切ったことは無い。どんな小さなことでもだ。ドイツでは、か なり酷い目に遭ってきた故に、かなり攻撃的な性格をしているようだが。普通なら、心が ねじ曲がってもおかしくないのだが、彼女は、辛い経験故、裏切りを忌み嫌うのだろう。 彼女の信頼を曲がりなりにも勝ち得たのは幸運だった。我々の調べでは、ドイツにおいて 彼女の信頼を勝ち得ていたのは、加持リョウジと葛城ミサト、それに数人位だそうだ。」 「分かりました。では、例の件で、さらなる信頼を得られそうです。」 例の件とは…。 *** 加持がミサトにプロポーズする1日前、加持は、ジャッジマンに追い詰められ、危うく 死ぬところだった…。 加持は、追い詰められて、拳銃に手をかけようとしたが、無駄だった。ジャッジマンの、 神業とも言える早撃ちによって、加持の拳銃は弾かれてしまった。加持は丸腰になった。 「昔のよしみだ。遺言があれば、聞いてやる。」 加持は、万策尽きたことが分かったため、覚悟を決めた。 「…ある女性に、伝言して欲しい。」 加持は絞り出すように言った。 「ほう、何だ。」 ジャッジマンは、真剣な表情になっている。 「心から愛していた。すまない。そう伝えて欲しい。」 「ほう、お前にも、そんな女がいたのか。で、その女は誰だ。」 「…葛城ミサト。ネルフの作戦部長だ。」 そう言うと、加持は死を覚悟して、目を閉じた。 だが、しばらくの間、静寂が辺りを支配した。ジャッジマンは、ネルフという言葉を聞き、 念のため、どうすべきか雇い主に指示を仰いでいたのだ。もし、加持の言うことが本当だ とすると、ネルフ作戦部長の恋人を殺すことになる。この時点で、ジャッジマンは、加持 のことをゼーレのエージェントだと思っていたが、それでも念には念を入れる必要があっ たのだ。殺してから、誤解だったと言っても遅いのだから。 だが、指示が来る前に、ジャッジマンの携帯にメールが入った。 『ジャッジマンへ 加持リョウジを殺した日が貴様の命日となる。レッドウルフ。』 ジャッジマンは、驚愕した。この携帯の番号は、雇い主に対しても教えていなかった。本 来ならば、メールなど、来るはずがない。ジャッジマンは、レッドウルフの諜報能力の高 さに戦慄した。 5分ほどして、再度雇い主に連絡を取ったところ、『きっかり24時間後に、ネルフ内の 病院の302号に連れて行くこと。また、ミサトが危篤だから、直ぐに戻るように伝える こと。』という指示が下った。 こうして、ジャッジマンが口を開いた。 「悪いが、お前の遺言は、彼女には伝えられそうにない。」 「どういうことだ。」 「彼女は、今、危篤らしい。もって1日だそうだ。だから、俺では間に合わん。」 加持は、それを聞くと、がっくりと肩を落した。だが、ジャッジマンは続けて言った。 「俺も、鬼ではない。お前に選ばせてやろう。」 「なにっ。」 加持は、目を開いた。 「二つに一つだ。一つは、この場で俺に撃たれて死ぬ事。もう一つは、お前の口から彼女 に遺言を伝える事。どっちが良い。運が良ければ、彼女の死に目に間に合うだろう。」 「お前が無条件でそんなことを言うのか。」 加持は、ジャッジマンを睨んだ。 「もちろん、条件はあるさ。お前が結婚式やら婚約披露パーティーやらを開く時は、俺を 招待する事。これが絶対条件だ。」 「貴様、何を考えている。」 「それは言えないさ。俺はどちらでもいいが、どうする?」 「決まっているさ。彼女に会いたい。例え、どんな事があろうとも。」 「そうか、懸命な判断だ。生命を粗末にするもんじゃない。じゃあ、一時休戦だ。きっか り24時間後には彼女の所に送り届けるよう、手配しよう。付いて来い。」 ジャッジマンは、そう言うと、背中を向けて歩きだした。 こうして、加持は、ミサトと再会することになったのである。 *** 盟主は、語気を強めて言った。 「絶対に彼女を守るのだ。万一、彼女が死ぬようなことがあれば、我々の努力は水の泡と なる。それだけは避けるのだ。」 「はっ。」 男が返事をすると同時に、通信は切れ、それまで、盟主と呼ばれた男が写っていた画面に は、もう何も写っていなかった。 「惣流・アスカ・ラングレーか。盟主様のお遊びと思っていたが、どうやら我が組織の浮 沈にかかる大事のようだな。気を入れ直さんとな。」 男はそう呟くと、部屋を後にした。そして、エヴァのパイロット達のガードのみならず、 アスカの家族、友人もガードするように指示を下した。アスカをおびき寄せる餌として利 用されることを防ぐためである。 こうして、ミサト、リツコ、ヒカリ、ユキらにも、秘密裏に護衛が付くことになった。 (第20話へ)
(目次へ) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき アスカと謎の組織は、協力関係にあります。ゼーレとの戦いにも、謎の組織は助勢して くれます。 2002.1.13 written by red-x