新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ



 髭親父も、ちょろいもんね。アタシの計画原案を、シンジのママが立案したと言ったら
簡単に信じちゃうなんて。本当に、大甘ね。こんなんじゃ、ネルフの将来は危ういわね。
もう、あたしが仕切るしかないわ。


第16話 S計画


 パーティーの翌朝、運良く誰にも見つかることなく、アスカ達は起きることが出来た。 「おはようございま〜す。」 ユキの元気な声がして、アスカの部屋に入ってきた。 「おはよう、森川さん。」 「おはよう、ユキ。」 二人同時に返事をする。 「まあ、朝っぱらから、仲のよろしいようで。」 ユキはウインクする。 「ん、もう。今、シンジが起こしに来てくれたのよ。」 もちろん、真っ赤な嘘だが、アスカ達は既に着替え終わっていたため、ばれなかったよう だ。アスカは、内心ホッとしていた。 「それじゃあ、朝ご飯を作ろうか。」 シンジは立ち上がろうとした。 「もう、出来てますよ。」 ユキは再びウインクする。 「ホント。じゃあ、食べましょう。シンジ、肩貸して。」 アスカは、シンジの助けを借りて、リビングへ移動した。 「おっはよ〜。」 「おはようございます。」 アスカとシンジは同時に朝のあいさつをする。これに対して、みんなは気のないあいさつ を返してきた。みんな、まだ眠いようだ。 「は〜い、みなさん、起きてくださいね。今朝は、サンドイッチですよ。早い者勝ちです からね。」 そう言って、ユキはみんなを急かした。 テーブルの上には、色々な種類のサンドイッチが並べてあり、コーンスープが人数分あっ た。コーヒーと紅茶も、各自が自由に飲めるよう用意がしてあった。みんな、眠そうな顔 をしながら、サンドイッチを次々と口に放り込んでいった。 今朝の話題は、これからどうするのかというものだった。昨日のうちに、ミサト達の話題 は尽きていたからだ。そこで、ここでも、アスカの独壇場となった。 「中学校が再開されるのは、後2週間位後よ。そこで、ミサトやリツコは、教師として、 働くことになるわ。アタシとシンジと鈴原は、学校が終わったら、ネルフに直行よ。ヒカ リと相田は、文化祭の準備をやってもらうわ。」 「えっ。」 一同は、目を丸くする。 「秋の文化祭が流れちゃったでしょう。だから2月中に文化祭をやることにしたのよ。も ちろん、アタシ達のクラスが何をやるのかは、決まっているわ。相田、アンタが監督にな って、映画を撮るのよ。当然、主役はアタシよ。相田は、シナリオをよ〜く考えるのよ。 アタシは、格好良くて、可憐で、優しく、美しいという設定よ。まあ、そのまんまだから 相田は全く苦労しないわね。良かったわね。」 ケンスケはそれを聞いて、頬を引きつらした。事実上の監督が誰になるのか、分かってし まったからだ。ケンスケは心の中で涙した。 ***  朝食の後、アスカの指図で、ユキを除く全員が、ネルフへ行くことになった。ユキは、 留守番で、掃除や洗濯をしてくれることになった。出かけるときに、少し寂しそうな顔を していたが。 ネルフに入ると、直接司令室へ全員で向かった。そこで、ミサトとリツコは、アスカ達の 学校へ当分の間出向することを命じられた。記憶を取り戻すまでは、以前の任務に就くこ とは不可能であるため、チルドレン達と行動を共にするようにとの理由だった。そして、 ヒカリやケンスケは、ミサト達に協力するよう頼まれたのだった。話が終わると、アスカ とシンジを残して、マヤの所へと向かった。マヤの案内で、リツコの家まで行き、当面必 要なものをアスカ達の家に運ぶためだ。 ***  残されたアスカとシンジは、ゲンドウと冬月の前にいた。 「…シンジ。お前は下がっていろ。」 「いえ、シンジもここにいる必要があります。」 「…何故だ。」 「シンジは、私と碇司令や副司令との連絡要員として、欠くことが出来ません。なぜなら 私がこれから行う計画の立案者であることは、隠しておいた方がいいと思いますが、私が 計画のことで、何度もここに打ち合わせに来たら、誰だって怪しむでしょう。唯一、シン ジだけが、親子だからという理由で、ここに来ても怪しまれないのです。昨日、私の昇進 はここだけの秘密にしていただきたいとお願いしたと思いますが、これも同じ理由からで す。あ、でも、給料はちゃんと上げて下さいね。」 「…そうか。分かった。だが、シンジ。お前は黙って聞いていろ。」 「まあ、碇よ、そう硬いことを言うな。シンジ君、どうしても言いたいことがあったら、 言っても良いよ。」 「ありがとうございます。」 「では、本題に入ろう。昨日、碇と話し合ったが、アスカ君の計画は、採用させてもらう ことにした。そこでだ。立案者であるアスカ君には、当然ながら、S計画の最高責任者に なってもらう。異存はないね。」 「はい。ですが、表向きは、責任者は副司令ということにしておいて下さい。真実を知る のも、この4人だけということでお願いします。理由は言うまでもないと思いますが。」 「分かった。後は、申し訳ないが、NR計画とER計画の方も、アスカ君に責任者になっ てもらいたいのだよ。理由は分かっていると思うが、S計画とリンクしているからだ。も ちろん、これも私が表向きの責任者ということで構わない。だが、このままでは、アスカ 君は大変だろう。そこで、補佐する人間が必要になると思うが、誰が良いかね。」 「補佐する人間は、先程の皆と、ネルフ関係者が200人程度必要です。」 「200人か。それは、ちょっと難しいな。」 「ネルフ関係者であれば良いのです。記憶を無くして、直ぐには職場復帰出来ない者や、 殉職者の家族で、働く意思のある者であれば良いのです。しかも、表向きは、給料や補償 金を払えないから、民間の会社に出向させるという名目である方がありがたいです。」 「そうか。それなら、こちらとしても助かる。人を遊ばせておく訳にはいかないし、殉職 者の家族の面倒をどう見るかについても、課題にはなっている。だが、何をするのかね。」 「これから、私の創る会社で働いてもらいます。S計画で、重要な働きをしてもらうつも りです。もちろん、本人達は、単なる仕事をするという意識で充分です。各々が自分の仕 事をきっちり行い、それがうまく組合わさって、初めてS計画が遂行されます。ですが、 個々の仕事を行う人達は、S計画に参加しているという意識は不要ですし、有害無益です らあります。なぜなら、敵の目を欺くために、この計画の多くは、ネルフの外で行う必要 があるからです。ネルフ自体が動けば、敵に計画が察知される恐れが有りますが、民間の 会社が動く分には、計画が察知されにくくなるはずです。しかも、会社の人間が、自分達 の目的を知らなければ、こちらにとって好都合なのです。」 「そうか。確かにその通りだな。」 「それに、敵を騙すには、まず味方からとも言いますが、計画の全容を知る人物も、ここ にいる4人だけに止めたいと思います。NR計画とER計画はオープンにして、ネルフが この2つの計画に専念していると見せかけます。それをゼーレが信じれば、この勝負は、 半分勝ったも同然です。」 「しかし、アスカ君。この計画は、本当に君が考えたのかね。」 「いえ、違います。原案は、MAGIに残っていた計画案です。それに私の考えを入れて アレンジしたのです。」 「元は、誰の考えなのかね。」 「確証はありませんが、おそらく、碇ユイ博士かと。」 「何故、そう思うのかね。」 「原案でも、主人公は、この4人でしたから。この4人を知る共通の人物と言ったら、碇 ユイ博士しか考えつきません。発案者が赤木ナオコ博士でしたら、ミサトやリツコが中心 的役割を担っている筈です。」 「ユイ君は、アスカ君が中心的な役割を担うと思っていたのかね。」 「おそらく。MAGIの開発者コードを私の母に伝えたのも、おそらくユイ博士でしょう。 ユイ博士は、私の母と図って、エヴァの中に入ったのでしょう。そして、私とシンジが、 同じエヴァのパイロットになることや一緒に使徒と戦うことも計算していたのでしょう。 そして、使徒がいなくなったとき、自分達の子供がどんな目に遭うのか、危惧していたの でしょう。ゼーレは、碇司令と副司令だけでは、かなう相手ではないということが、分か っていたのですね。」 「ははは。最後は手厳しいね。だが、返す言葉もない。アスカ君の言う通り、ゼーレは巨 大な組織だ。簡単には倒せない。」 「それに、正面から戦っても、相手になりません。ですから、相手の思いもよらない方法 で奇襲するしかないのです。ですから、例の件は、必ずお願いします。」 「ああ、文化祭の件は、教育委員会に依頼しておいた。中学校の再開も今月中には大丈夫 だろう。では、これでS計画は正式にネルフの作戦として採用しよう。アスカ君は最高責 任者として、2日に1回はシンジ君を通じて進行状況を報告するように。私の方からの伝 達事項も、シンジ君を通じて行う。それでいいね。」 「わかりました。作戦開始は、来月の13日ということで、何とかなりそうですね。」 「あと、1カ月か。忙しくなるな。後は、アスカ君の表向きの顔だが、こちらも無理なお 願いをしなければならないのだよ。本業は、技術部の副部長と技術部のいくつかのチーム リーダーなのだが、それ以外にも、広報部や諜報部のチームリーダーと作戦部のサブリー ダーも引き受けて欲しいのだよ。」 「ええっ…。断っちゃ駄目ですか。ちょっと、多くありませんかね。」 (げげっ。そんなにやったら、アタシの身が持たないじゃない。) 「悪いが、アスカ君を欲しがる部署が多くてね。可愛いから欲しいとういう部署が、正直 言ってネルフの全部署。恋人が居ると分かっていても、そうなんだからね。能力を見込ん でというのが、その内の半分といった所だよ。」 「えっ。何で、アタシとシンジのことを知っている人がいるんですか。」 (何か、嫌な予感がするわね。) 「そうか。君達は知らなかったか。言いにくいのだが、シンジ君の告白シーンが、何かの 手違いで、発令所のスクリーンに大写しになってね。誰も知らない者がいないんだ。」 「も、も、もしかして、あ、あの…。」 シンジは真っ赤になった。 「ああ、シンジ君も意外だね。アスカ君に強引にキスするなんて。」 (が〜ん。そんな〜。) それを聞いて、アスカは倒れそうになったが、車椅子に座っているせいで、倒れることは 無かった。 「シンジ、犯人は、マヤよ。後で白状させましょう。」 (やっ、やられた。) 「そんな…。あのマヤさんが、そんなことをするなんて…。」 「アタシ以外にそんなことが出来るのは、マヤしかいないのよ。絶対に間違いないわ。」 (アタシともあろうものが、油断したわね。) アスカの顔は、怒りに燃えていた。後日、マヤはアスカ達(要はリツコと)と一緒に住み たいと言ってきたのだが、アスカとシンジは、冷たく睨んで断ったのだった。 そんな二人の心とは無関係に、ゲンドウが声をかけてきた。 「…シンジ。お前に話がある。」 「何だよ、父さん。」 「お前に選ぶ権利を与えよう。良く考えて答えるんだ。惣流二佐は、重要人物だ。だから 警護体勢を万全にする必要がある。その際、お前は邪魔になるのだ。だから、ネルフの外 では、惣流二佐から離れてもらう。別の者に身辺警護を行わせる。」 「ええっ、そんなのないよ、父さん。」 「話は、最後まで聞け。もし、お前が諜報部に入り、惣流二佐の身辺警護を行いたいのな ら、話は別だ。だが、その場合は、覚悟が必要になる。分かるか。」 「そんなの、分からないよ。」 「んもうっ、シンジったらバカね。敵を殺さないとアタシが死ぬって場合、アンタは人を 殺せるの。その覚悟が必要ってことなのよ。」 (本当に鈍いわね、シンジったら。) 「ええっ。そ、そんなの分からないよ。」 「なら、アタシの警護は出来ないわ。アタシだって、死にたくないもの。そんな意気地な しは必要ないわ。」 (コイツったら、アタシが死んでもいいって言うの?) 「そ、そんな…。アスカったら、酷いよ。」 「アンタ、バカァ。恋人が死ぬかもしれないのに、守れない男なんて、最低じゃない。シ ンジがそこまで腰抜けだとは思わなかったわ。」 (ちょっと。酷いのは、アンタでしょ。どこの世界に、恋人を見捨てる男がいるのよ。) 「で、でも…。」 「でもも、かかしも無いのよ。生き残るのは、アタシか敵のどちらかだとしたら、どちら に生き残って欲しいのよ。」 (コイツ、いっぺん、頭かちわったろか。) 「もちろん、アスカだよ。」 「そのためには、敵を殺さなきゃならないのよ。分かった?もし、そんな事態になったら、 ためらわずに敵を殺すのよ。いい?」 (あれ、珍しく、即答したわね。よしよし、それなら合格点あげるわね。) シンジは、少し俯いて考えていたが、拳を強く握りしめて顔を上げた。 「う、うん。わ、分かったよ。人を殺すのは嫌だけど、アスカのためなら、出来そうな気 がする。ううん、やらなきゃいけないんだよね。」 (お、良く言った。えらいえらい。) その様子を見て、ゲンドウは、しばし暖かな瞳で二人を見つめていたが、すぐにいつもの 目に戻った。 「結果は出たようだな。碇シンジ二尉、諜報部副部長を命じる。惣流二佐の身辺警護専任 とする。いいな。」 「う、うん、分かったよ、父さん。」 「今は覚悟だけでいい。だが、いずれはそんな日が来るかもしれん。心構えだけは持って おけ。当面は、3年だ。3年以内に、惣流二佐と同等の格闘技の技術を身に付けろ。明日 からは、毎日3時間は、軍事教練を受けるんだ。いいな。」 「わ、分かったよ。」 その時、アスカは物凄く感激していた。虫も殺さないようなシンジが、自分のためなら、 人を殺すとまで言ってくれたのだ。つい、この間まで、人を傷つけることすら嫌がった、 あのシンジがである。 (シンジには、優しいままでいて欲しいけど、大人になるっていうことは、理想だけじゃ 済まないのよね。アタシだって、死ぬのは嫌だもの。でも、シンジごめんね。アタシは、 あなたの想いに応えられるのかどうか、自信が無いのよ。アタシも、もっと大人になれた らいいのに、まだまだ、子供だもの。でも、いつかは結果を出さなきゃいけないのよね。 それがいつかは、分からないけれど。) アスカの心の中は、シンジに惹かれていくアスカと、一人で生きていこうとするアスカと が、せめぎ合っていた。いずれはどちらかが勝利するのだろうが、それがいつになるのか どのような結果になるのか、今のアスカには分からなかった。 なお、アスカはうっかりしていたのだが、シンジがアスカの護衛に付くと、喧嘩をしても 離れられないというデメリットが生じるのだ。もし、そのことに気付いていたら、アスカ の態度は変わっていたかもしれない。 こうして、色々とあったが、アスカを最高責任者として、S計画、NR計画そしてER計 画が始動することとなった。そして、シンジはアスカの心の中で、その存在感を徐々に膨 らませていくのであった。 (第16.5話へ)

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき 今回、シンジは大きな決断をしました。アスカのためなら、人を傷つけてもいい。そう考 えるようになりました。その言葉は、アスカの心を動かします。アスカは、まだ迷ってい ますが、シンジに惹かれていく自分に気が付いてきました。けれども、なかなかうまくい かないのが世の常です。これからも、山あり谷ありという感じでしょうか。 2001.12.16  written by red-x



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