新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ
ミサトが帰ってきて良かった。シンジも喜んでいるみたい。あの髭親父が、すんなりと ミサトを返してくれるなんて、ちょっと信じられないけど、まあ、いいわ。これでまた、 我が家も賑やかになるわね。
第15話 帰ってきたミサト
「ミサトさん、お帰りなさい。」 シンジは、涙で顔をくしゃくしゃにしながら言った。 「あの、すみませんが、私のことを知っているんですか。」 ミサトは真顔で尋ねてきた。 「えっ。」 シンジの顔が強張る。 (まずいわね。シンジが驚いているわ。) アスカは、シンジの動揺を抑えるために、後ろから大きな声を出した。 「あなたの名前は、葛城ミサト。この家の持ち主で、アタシ達の家族よ。」 シンジがびっくりした顔をして振り返ったが、アスカは続けて言った。 「後ろの人は、赤木リツコ。ミサトの親友よ。今日からアタシ達の家族になるのよ。二人 とも、そんなとこで突っ立っていないで、早く上がりなさいよ。」 「は、はい。お邪魔します。」 「失礼します。」 ミサトとリツコは、あいさつして、家の中に入ってきた。だが、その時。 「駄目よっ!」 唐突にアスカは叫んだ。シンジかこの家に来た時のことを再現しようとしたのだ。 「えっ…。」 ミサトとリツコは目を丸くした。 「アタシ達の家族って言ったでしょ。自分の家に入る時はどう言うのよ。」 「あ…。た、ただいま。」 「ただいま。」 「そうよ、合格ね。お帰りなさい。じゃあ、二人とも、とっとと上がりなさい。今日は、 貴女達がこの家に来たお祝い会よ。ミサトが帰ってきたのと、リツコがアタシ達の家族に なるのと、併せてのお祝いパーティーよ。」 「ア、アスカ。ミサトさんが帰って来るのを知ってたの。」 (うっ、まずい。シンジったら、怒っているかしら。) アスカは、内心うろたえたが、そんなことは態度に出さなかった。 「何となくね。まあ、そんなことはいいから、始めましょうよ。」 アスカは、皆を急かす。シンジ達は、首をかしげながらも、リビングへと向かった。 *** 「かんぱ〜い!」 アスカの合図で、全員が乾杯する。といっても、ジュースでだ。何故かミサトやリツコも ジュースで乾杯している。 乾杯が終わり、一息ついたところで、アスカが説明を始めた。さっきから、シンジが突き 刺すような視線を送っていたため、耐えかねたのだ。 「え〜と、みんな驚いているだろうから、アタシから説明するわね。ミサトとリツコは、 一度あの世とやらへ行ったらしいんだけど、サードインパクトのお蔭で、こっちに戻って 来たの。でも、その時に強いショックを受けて、記憶喪失になっちゃったのよ。そこで、 今までネルフの病院で治療を受けていたんだけど、良くならないんで、家に戻ることにな ったの。記憶を失う前の環境と同じにした方が、記憶が戻り易いだろうという判断なの。 でも、リツコは独り暮らしだったから、親友であるミサトと一緒に住むことにしたのよ。 そういう訳で、二人はこれからここで住むの。だから、今日はそのお祝いパーティーとい う訳なのよ。みんな、分かったわね。」 (ふ〜っ。一気に言ったわね。ふふふっ、皆、唖然としているわね。) 一気に喋ると、アスカは周りを見渡した。一瞬、沈黙が支配したが、ケンスケが静寂を破 った。 「ミサトさん、相田ケンスケです。あなたの恋人です。思い出して下さい。」 「えっ…。」 驚いた顔をするミサト。いきなり、自分の歳の半分位の少年から、恋人だと言わたのだか ら、無理も無いのだが。だが、それを口火にして、大騒ぎになった。 「おのれ〜、ケンスケ!抜け駆けしおって!」 トウジがケンスケを睨み付ける。 「すずはら〜。抜け駆けって何なのよ。」 今度は、ヒカリがトウジを睨む。 「ケンスケ〜。ミサトさんが固まっちゃうよ〜。冗談はやめてよ〜。」 シンジは困った顔をする。 「そうよ。ミサトは、このシンジが好きだったのよ。でも、ごめんね。シンジはアタシの 方が良いって言って、ミサトのこと、振っちゃったのよ。」 「アスカ〜。変なこと言わないでよ〜。ますますミサトさんが固まっちゃったよ。」 ますます困るシンジ。 「ミサトさん。相田ケンスケ、相田ケンスケこそが、本当のあなたの恋人です。騙されな いで下さい。他の人は、嘘をついているんです。」 「おのれ〜、ケンスケ!適当な事言いおって。」 トウジは、まだ言っている。そんなトウジをヒカリが睨む。 ミサト、リツコ、ユキの3人は、目を丸くしているが、それ以外の者は、各自でてんでば らばらに、好き勝手なことを言い合っている。はっきり言って、収拾不能の事態になりか けていた。 「クスッ。」 そんな時、ミサトが笑いをこぼした。 「ミ、ミサトさんが笑った。」 シンジが気付き、顔がパッと明るくなる。 「ミサトさんが笑った。」 ケンスケも気付いて笑う。 「ミサトが笑った。」 アスカも笑顔だ。 つられて、みんなどっと笑いだす。ミサトの屈託の無い笑顔は、その場に居た皆の心を和 ませる効果があったようだ。 (良かった。本当に良かった。みんなで笑うのが、こんなに楽しいなんて。何でこんな簡 単なことに気付かなかったんだろう。一番になるより、エヴァより、大切なことなんて、 いくらでもあるのに、今までのアタシは気付かなかった。生きてて良かった。死んだら、 何もかもおしまいだもの。アタシがこうして生きていられるのも、みんなユキの、そして シンジのお蔭ね。楽しい…。このまま時が止まればいいのに…。) アスカは、笑いながらも涙を流していた。この時、アスカは決心した。エヴァに頼らずに 生きていこうと。 *** パーティーは延々と続いた。最初のうちは、ミサトもリツコも質問責めに遭った。そこ で分かったのが、ミサト達が病院で治療を受けていたことや、今日になって、急に退院し たこと、ここに来るように言われたこと、などであった。 ミサト達への質問が一段落すると、今度は、ミサト達が質問する番だった。ミサトの質問 に対しては、シンジ、トウジ、ケンスケ、ヒカリが、それぞれ答えていった。今度は、皆 真面目に答えていった。 ミサトが、アスカとシンジの保護者で、ネルフの作戦本部長だったこと。トウジやケンス ケやヒカリにも愛想が良かったこと。以前、ミサトが昇進した時にも、皆で祝賀会を開い たこと。ミサトは、その話を食い入るように聞いていった。そして、皆でミサトのことを 語りだした。 トウジ曰く、 「ミサトさんは、とても優しい人や。ワイが入院している時、殆ど毎日のように来てくれ はった。忙しいにもかかわらず、毎日、毎日、ワイに申し訳ないと言ってたんや。ミサト さんは、悪うないのに。」 ケンスケ曰く、 「ミサトさんは、忙しいにもかかわらず、俺の写真のモデルになってくれたんです。嬉し かったな。惣流や洞木は嫌がっていたけど、ミサトさんだけは、気前良く、ウンと言って くれた。シンジの大切な友達だからと言って。俺は、それを聞いたとき、シンジの奴が、 本当に羨ましかったよ。」 ヒカリ曰く、 「私は、ミサトさんから、アスカのことを、くれぐれもよろしくと、頼まれていました。 アスカはいい子だから、何があっても、受け入れてやって欲しいって。決して、突き放さ ないでって。もちろん、そんなことは分かっていたし、言われなくてもそのつもりだった んですが、私はその時、アスカが羨ましくなりました。ミサトさんは、単なる上司ではな くて、本当の家族だなあって、思ったんです。」 シンジ曰く、 「僕は、今まで、人に頼られたことは無いし、優しくされたことも無かったんです。ミサ トさんは、そんな僕に、優しくしてくれたんです。それだけでなくて、悪いことをした時 は、容赦なく叱ってくれました。僕は、本当のお姉さんが出来たようで、本当に嬉しかっ たんです。ミサトさんに会って、初めて家族の温もりというものを、味わったんです。」 ユキ曰く、 「惣流さんも、碇君も、毎日のように、ミサトさんに帰って来て欲しいって言っていまし た。二人にとって、かけがえのない家族だと。今の皆の話を聞いて、なるほどなあって、 思いました。本当に、帰ってきて、良かったですね。」 ミサトは、いつしか大粒の涙を流していた。 一方、リツコはアスカと二人で話していた。リツコのことを知っている者がいないせいも あるし、シンジにしても、どちらかというと、リツコは苦手だったからだ。そんなリツコ に対して、アスカは、加持やミサトから聞いた話や、MAGIから得た情報を元に、リツ コの過去の話をしていった。 大学時代にミサトと出会ったこと。ミサトが加持と付き合うようになったこと。その後、 ミサトや加持の3人でつるむことが多かったこと。母のナオコの影響で科学者になったこ と。ネルフの前身であるゲヒルンに就職したこと。MAGIの開発に携わってきたこと。 その後、エヴァの開発責任者になったこと。使徒と呼ばれる正体不明の敵の調査をしてい たこと。ネルフの技術部の責任者であったこと。 それらのことをひとしきり話した後、アスカはリツコに言った。 「過去のことは、思い出さなくても良いわ。これからのことが大切だから。人間、誰しも 思い出したくないことがあるものよ。だから、全部思い出そうとしないで、徐々に思い出 せばいいわ。万一、思い出せなくても、これから思い出を作ればいいのよ。」 リツコはそれを聞いて、一筋の涙をこぼした。リツコも、薄々感じていたが、ミサトには 人が集まるのに対して、自分にはアスカしか来ない。そのアスカも、本来はミサトの家族 なのだから、ミサトと話したいに違いないのだ。 「アスカ、あなたは、私と仲が良かったのかしら。」 リツコは、思わず聞いてしまったが、アスカは首を横に振った。 「嘘を言ってもしょうがないから、本当のことを言うわね。アタシとリツコは、はっきり 言って、仲は良くなかったわ。でも、アタシも同じように、あまり友達を作らない性格だ ったし、科学者としてのリツコは、尊敬もしていたから、嫌いじゃなかったわ。」 「そう…。」 リツコは俯いた。聞かなければ良かったと思ったのだろう。 「だから、さっきも言ったでしょ。過去にこだわることは無いのよ。アタシも、ついこの 間まで友達がいなかったけど、今はこうやって、友達もいるし、恋人もいるし、家族だっ ているのよ。要は、自分がこれからどうするかよ。過去は関係ないわ。」 (そうよ。つらい過去は、無理に思い出してもしょうがないもの。忘れた方が良い事なん て、いくらでもあるもの。過去よりも、未来を見据えて生きていかなくちゃ。) アスカは、リツコを励ますというよりも、自分に言い聞かせるように言った。 「アスカ…。」 「なに、しけた顔してんのよ。今日は、お祝いなんだから。ぱあっといくわよ。ちょっと、 相田っ!こっちに来て、何か芸をしなさいよ。そうね、鈴原と二人で、掛け合い漫才でも しなさいっ!良いわねっ!」 ケンスケとトウジは、アスカの剣幕に逆らえず、仕方なく、言う通りに掛け合い漫才を始 めた。それを見たリツコが笑う。ミサトなどは、ケラケラと笑っている。 「おおっ、リツコさんも、笑うと可愛いですね。写真のモデルになってください。」 「ふふふっ。あまり、大人をからかわないで。でも、いいわ。誉めてくれたお礼に、モデ ルになってもいいわ。」 「えっ、ありがとうございます。」 いつの間にか、リツコも皆の輪に入っていった。 こうして、お祝いパーティー会は盛り上がったが、夜中の1時を回る頃には、一人、また 一人と、睡魔に襲われて沈んでいって、アスカとシンジを残すのみとなった。当然、みん なはリビングで雑魚寝である。もっとも、ヒカリとトウジは、ちゃっかり並んで寝ている。 シンジは、風邪を引かないようにと、毛布を出して、みんなにかけていく。 シンジがみんなに毛布を掛け終えた頃、アスカは小声で言った。 「シンジ、アタシ達も寝るわよ。」 「みんながいるんだけど、今日はどうする。」 「関係ないわよ。いつも通りに寝るわよ。」 「でも、明日の朝に、何て言われるか、分からないよ。それでもいいの。」 「うっさいわね。そん時はそん時よ。」 実際は、物凄く恥ずかしかったのだが、やはり悪夢の恐怖の方が勝っていたため、今日も アスカはシンジと一緒に寝ることにした。 そして、横になろうかという時、アスカはシンジに尋ねた。 「ねえ、シンジ、起きてるわよね?」 「うん、起きてるよ。」 「ミサトが戻ってきて、良かったね。」 「うん、本当に良かった。」 「黙ってて、ごめんね。シンジのお父さんに掛け合ったんだけど、ミサトが来るかどうか、 はっきり言って、自信が無かったの。だから、うまくいかなかった時のことを考えて、シ ンジには黙っていたの。悪気があった訳じゃ無いのよ。それだけは分かってね。」 「ううん、アスカ。気にしなくてもいいよ。僕は、何も出来なかったんだし。それよりも 父さんに掛け合ってくれたなんて、ありがとう、アスカ。」 「いいのよ。じゃあ、おやすみ。」 「おやすみ。」 シンジは、たちまち寝息を立てだした。アスカもシンジの寝息を聞いて、同じように寝息を 立てたが、嘘寝だった。アスカは、リツコのことを考えていたのだ。 (リツコは、きっと不安なのね。だから、いま一つ元気が無かったんだわ。今のリツコは、 ドイツにいた時のアタシみたい。誰も打ち解けられる友人がいないなんて、寂しすぎるわ。 やっぱり、リツコをこの家に呼んで正解だったわね。しょうがないから、アタシが当分友人 代わりになってあげよう。あんな思いをさせるのは、嫌だもの。) アスカは、そう決心すると、今度は本当に寝息を立てて、眠りに着いた。 (第16話へ)
(目次へ) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 2001.12.9 written by red-x こんな席順だと思って下さい。 アスカ シンジ トウジ ヒカリ ――――――――――――――――― ――――――――――――――――― リツコ ユキ ミサト ケンスケ