新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ



(今はそれでいい。シンジがアタシのことを好きなら、アタシはそれを受け入れる。その

上でアタシは自分の信じる道を進めばいい。望むことをすればいい。今はゆっくり考える

時期。結論を出さなくても良い。時には立ち止まるのも必要ね。急ぐ必要はないもの。)



第9話 今は立ち止まって






(あれ、なんだろう。アタシの体が揺れている。)


アスカは、自分の体が揺れていることに気付き、目を覚ました。アスカの体は、一定の周

期で揺れていた。


(あれ、何か、荒い息がする。)


アスカが耳を澄ますと、『はあ、はあ、はあ』という声と共に、荒い息づかいが聞こえる。


(あ!もしかして!)


ようやく、アスカは何が起きているのか気が付いた。


(シンジったら、こんなことして、しょうがないわね。)


そうだ。シンジがアスカの後ろで、荒い息をして、腰を動かしているのだ。ただし、アス

カのことを考えてか、最後の一線は超えていないようだ。


(ふうん、最低限の我慢はしているんだ。ちょっと見直しちゃったかな。)


アスカは、シンジのことを少し見直した。さっきまで、アスカは寝ていて、無防備状態だ

った。だから、シンジがその気になれば、アスカのことをどうにでも出来たはずだ。しか

し、シンジはアスカのことを考えてか、最後の一線は超えていないようだ。


(でも、アタシが今起きたら、どうなるか分からないわね。今は寝た振りをしているのが

無難なようね。)


アスカは狸寝入りを決め込んだ。そのうち、シンジの息は、ますます荒くなり、『うっ』

という声と共に、シンジの動きが止まった。


と、その時、


「アスカ、ごめんね。」

急にシンジが呟いた。


(やっぱり、シンジね。ふ〜、良かった。)


実は、後ろにいる人物がシンジではない場合も有り得たため、その場合を考えて、アスカ

はかなり緊張していたのだが、間違いなくシンジと分かって、ほっとしたのだ。


「アスカ、おやすみ。大好きだよ。」

シンジは、またも呟くと、直ぐに寝息を立ててしまった。


(シンジったら、アタシのことが本当に好きなのね。何か嬉しいな。)


そんなことを思っていたアスカだったが、頭が少しずつはっきりしてきたため、現状把握

に移った。どうやら、アスカは、下着1枚で寝ており、後ろのシンジは、体に何も付けて

いないようだ。シンジは、昨日と同様に、アスカの背中からアスカを抱きしめるようにし

ている。シンジの両手は、アスカの胸をつかんでいる。そう、今日の朝と殆ど同じ状況で

ある。


(アタシ、いつ寝ちゃったんだろう。う〜ん、お風呂でシンジにマッサ−ジしてもらった

所まで覚えているから、その時気持ち良くて寝ちゃったんだわ。だから、その後、シンジ

は大変だったかもね。悪いことしちゃったな。きっと、アタシの体を拭いて、布団まで運

んで、下着をはかせて…。まあ、アタシは軽いからそんなに大変じゃ無かったとは思うけ

どね。)


アスカは、悪戦苦闘するシンジを想像した。


(でも、良く考えれば、アタシったら、シンジに対して、無防備なうえに裸だったのね。

シンジったら、アタシの体を自由に出来たのに、最後の一線を超えるようなことはしなか

ったのね。シンジで良かった。普通の男だったら、絶対にヤられていたものね。それに、

恋人になったのも良かったのかしら。両想いの女に、嫌われるようなことをしないのが普

通よね。でも、もし恋人になっていなかったら、いくらシンジでも欲望に負けて、ヤられ

ちゃったかもしれないわ。そう考えると、ゾッとするわ。いくらなんでも、この歳でママ

になるのは嫌だものね。)


ふと、アスカは何か違和感を感じた。


(あれ、アタシ、何か変。シンジにヤられるのが嫌だって思わなかった。あっれ〜。アタ

シったら、使徒のせいで変になったのかしら。う〜ん。きっと、そうね。)


アスカは、使徒と共に悪夢のことを思い出した。


(アタシったら、まだ精神的に不安定なんだ。シンジと一緒に寝ないとあんな悪夢を見る

なんて。副司令がシンジの側にいるようにって言っていたけど、あれは、アタシの為だっ

たのかなあ。でも、副司令が嘘を言うのは考え難いし、もしかしたら、シンジも悪夢を見

ているとか。でも、少なくても、アタシと寝たら大丈夫っていうわけじゃなさそうね。も

しそうなら、アタシと寝ないなんて言わないものね。)


そこでアスカはため息をついた。


(しっかし、今のアタシって、いいとこ無しよねえ。シンジに依存しなきゃ、何も出来な

いし。何と言っても、シンジと一緒じゃないと悪夢を見るなんて。他の人だとどうなのか

な。でも、男なら、シンジ以外は絶対嫌だし、女の人で頼めそうな人はいないし。マヤな

んかいいかと思ったけど、うまくいかない場合のことを考えると、シンジに側にいてもら

わなきゃいけないし、その場合、マヤを押し退けてシンジと寝ることになっちゃうから、

マヤは『不潔』とか言いそうだし、結局頼めないわよね。そうなると、現実問題、シンジ

以外には頼める人はいないのよね。)


結局、アスカはシンジを頼らざるを得ないことを思い知らされた。


(アタシ、いつ精神的に立ち直るのかなあ。あの悪夢はいつ見なくてすむんだろう。1週

間かな、1か月かな、それとも…。その間は、シンジにお世話になりっぱなしね。悔しい

けど、どうしようもないわね。それより、シンジはいつまで一緒にいてくれるのかなあ。

今シンジに逃げられたら最悪ね。どんなことをしても捕まえておかないと。しばらくは、

アイツの機嫌を取らないといけないわね。ああ、嫌だ。アタシが男に媚びるなんて。絶対

に嫌だ。)


アスカは厳しい顔をしたが、一瞬、良い考えが浮かんだ。


(そうだ!シンジをアタシに夢中にさせて、アタシのものにすればいいんだ。アタシとも

あろう者が、何て後ろ向きに考えていたんだろう。シンジがアタシ以外の女に目がいかな

いようにさせればいいんだ。名付けてシンジメロメロ作戦ね。何て良い考えなんだろう。

アスカ!しばらくの辛抱よ。シンジをアタシの完全なる下僕にするのよ!)


アスカは、意地の悪い子供が浮かべるような、怪しい笑みを浮かべた。だが、その笑みも

次第に消えた。


(でも、それでいいのかな。シンジは、アタシのこと、本当に好きみたいだし。あんまり

利用するのも可哀相かな。もう一度考え直そうかな。)


そして、頭を切り換えて、シンジとの関係について、もう一度整理することにした。


(アタシは、日中は全部シンジに手伝ってもらって、食事もシンジ任せ。お風呂もシンジ

と一緒で、着替えとかも全部シンジにお願いしている。しかも、夜は一緒に寝ているし。

う〜ん、これじゃあ、どう考えても恋人以上じゃない。普通は、ここまでお願い出来ない

ものね。アタシったら、いつの間にか、シンジと恋人みたいな関係になっていたのね。)


アスカは苦笑した。これでは、シンジと恋人になっても、状況に大して変化はない。人の

事は良く気付くアスカだが、自分のことは中々分からないらしい。


(シンジは鈍いから、気付かなかったみたいね。アタシも気付かなかった位だから当然よ

ね。でも、アタシったら不思議よね。恋人を作る気なんかこれっぽっちも無かったのに。

ドイツ時代の知り合いがアタシに恋人が出来たなんて聞いたら、驚くわよね。このアタシ

ですら、驚いているんだから。それもよりによって、いくら勢いとはいえ、全然冴えない

あのシンジだもんね。最初に会った時は、なんて冴えない奴だって思ったのに。)


アスカは出会った頃からのシンジを思い出していた。


(アイツったら、冴えない奴よね。

でも、アイツはマグマの中に飛び込んで、アタシを助けてくれた。

毎日、おいしい食事を作ってくれた。

お弁当もいつも作ってくれた。

家事全般を殆どやってくれた。


こき使ってもあんまり文句を言わなかった。

わがままを言っても聞いてくれた。

アタシが何を言っても笑って許してくれた。

当たり散らしても受け止めてくれた。

何も悪くないのにアタシが怒ると謝ってくれた。


それに…アタシのために、アイツにとって地獄とも言うべき所に戻ってくれた…。)


アスカの目頭は、いつしか熱くなっていた。


(アタシはアイツに対して、何かしてあげたのかなあ。

アタシは酷いことばかりしていた。

機嫌が良いときはこき使った。

嫌がるアイツをあちこちに引き回した。

つまらないことがあるとアイツに文句を言った。

嫌なことがあるといつも当たり散らしていた。

気に入らないことがあるとアイツに怒った。

アイツが困っても助けてあげなかった。

悪いことはみんなアイツのせいにしていた。

シンクロ率で抜かれた時も八つ当たりした。

シンジは何も悪いことしていないのに。


アタシったら、何て酷いことばかりしていたの。

それなのに何でアイツはアタシのことが好きなの。

何でアタシに優しくしてくれるの。

何で、何で、何で…。


アイツはきっと変人なのね。

世界一の変わり者ね。

あんな奴はもういないかもね。

こんなアタシのことを好きになる奴なんて。

本当のアタシを知っても好きになる奴なんて。

アイツしかいない…。

アイツしか…。)


アスカの目にはいつしか涙が浮かんでいた。


(でも確かなことがある。

アイツは、アタシの外見に惚れたんじゃない。

アイツは、アタシの体目当てじゃない。

アタシの良い所悪い所まとめて好きなんだ。

あんな奴はもう現れないかもしれない。

少なくても今まではいなかった。


もしかしたら、アタシはアイツに好かれて嬉しいの?

アタシはアイツのことが好きなの?

嫌いじゃないのは確かだけど。

気になる存在なのは間違いないけど。

分からない…。

アタシの気持ちが分からない。


でも、これだけは言える。

今はアイツが必要。

アイツがいると楽が出来る。

アイツがいないと大変だ。

アイツがいると心が安らぐ。

アイツがいないと不安が襲う。

アイツがいると笑顔が浮かぶ。

アイツがいないと不機嫌になる。


これって…

もしかすると…

好きっていうことなのかなあ。

それとも、違うのかなあ。


でもこれ以上余計なことを考えるのはよそう。

今だいじなのはアイツが側にいること。

アイツに笑顔を見せること。

アイツが笑顔を浮かべること。


今はそれが全て…。)


アスカは、とうとう涙を流した。


(やっぱり、考えすぎるのはだめね。このアタシが涙を流すなんて、ヤキが回ったのかし

ら。深く考えるのはやめよう。アタシは自分の気持ちに素直になればいいのよね。無理を

する必要はないもの。当分の間は、シンジと恋人でいて、その間に自分の気持ちを整理し

よう。シンジのことを好きになるのか、他の人を好きになるのか、まだ分からないけど、

いずれはっきりさせればいいもの。)


そこで、アスカは『シンジに優しくして欲しい』という冬月の言葉を思い出した。


(シンジは辛い思いをしてきたみたいだから、少し優しくしてあげよう。それ位はアタシ

にも出来るはず。副司令の言うことが本当なら、アタシが優しくすれば、シンジの心は癒

されるはずよ。アタシのせいでシンジの心が病んだりしたら、アタシは一生後悔するわ。

そんなことは絶対嫌だもの。シンジには、借りが一杯あるけど、みんな優しさで返そう。)


アスカは、シンジの笑顔を思い出した。


(アタシが笑って、シンジも笑えば、それだけでも今までと違うはず。一緒に遊んで、一

緒に笑って、恋人であることを二人で楽しもう。どうせ恋人になるなら、お互いに楽しい

方が良いもの。一緒にいて楽しければ、そのまま続くかもしれないし、つまらなくなった

ら振っちゃえばいいし。今はそれで充分ね。下手な同情は、シンジの為にも良くないし。)


自分の気持ちに整理をつけたら、アスカの心は軽くなった。


(今はそれでいい。シンジがアタシのことを好きなら、アタシはそれを受け入れる。その

上でアタシは自分の信じる道を進めばいい。望むことをすればいい。今はゆっくり考える

時期。結論を出さなくても良い。時には立ち止まるのも必要ね。急ぐ必要はないもの。)


いつしか、アスカは、寝息を立てていた。




(第10話へ)

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2001.10.28  written by red-x

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